1:王との出会い


もういつの日だったか忘れてしまったが、
ある日気まぐれにとある教会へと足を向けてみた。



…今思えばこの時絶対に足を向けてはいけなかったのだと思う。





「…女の子?」




誰もいないはずの教会に、ぽつんと1人
小さく蹲って嗚咽を漏らしてる少女がいた。



友人もいないでただ1人きり、作り物の神の前で涙なんて可愛らしい。




そんな事を思いながら、私はまた気まぐれにその少女の前にしゃがみ込んで
怖がらせないように出来るだけ優しい笑顔で話しかける。



「どうしたのかな?…こんな所でひとりきりで。」



「………………わたしの聖書がないの」




暫く私をじっと見つめていた少女は小さくぽつりとつぶやいた。
嗚呼、聖書…確かにこんな聖なる場所にはふさわしいものだけれど…
それを失くしただなんて、何だか神に見放された子羊のようで酷く愛らしい。



「私が一緒にさがしてあげよう。…君、名前は?」



「…花子。」



消え入りそうな彼女の声は確かに私の耳に届いていて
そんなに聖書が無くなった事がショックだったのかと思わず笑みを漏らす。
彼女とはぐれないようにと手を繋いでやれば、彼女は…花子はとても嬉しそうに微笑んだ。



「…どのあたりで落としたか心当たりはないのかい?」


「わかんない…わかんないの。…私の聖書…」


「ああ、泣かないでおくれ花子…」




じわり。
大きな瞳が涙で濡れる。
そんな彼女に苦笑しながら繋がれていない手でその涙を掬い
嗚呼、神というものはこんなにも愛らし少女に愛されているのか…



なんて、思っていた矢先、




「おや…?」




目の前にポツリ、桃色の本が一冊。
それは何かのパンフレットのような…けれど、パンフレットにしてはいささか大きなような…




うんうんと考えを巡らせていれば徐に繋がれた手は既になかったことになっていて
先程まで不安と悲しみで瞳を濡らしていた少女が
どうしてか現在その薄い本のようなものに覆いかぶさっている。




「あの、花子…?」


「見つけた!わた、わたしの聖書!!!!大手夏コミ新刊!!!尊い…TOUTOI!!!!」


「おおて、なつ…?……ん?」




何だか訳のわからない専門用語をひたすら並べながら
花子はその本にすりすりと頬ずりしてはうっとりと恍惚の表情を浮かべている。


…隙間から垣間見える「R-18」と言う文字に非常に危険を感じてしまう。



「花子、君はどう考えても18歳以下では…?それでそのような本はどうかと」



「いい年こいてコスプレしてるおじさまには言われたくないです。」



コス…?ん?
首を傾げていれば彼女は私の服装と垣間見える牙を指さして
今現在の言葉を借りるとすればドン引きと言ったような表情で言葉を紡ぐ。




「そんなびらびらの服と牙?付けて…もう!コスプレは会場の撮影可能エリアでお願いしますよ!!」



「ああ、仮装の事を言っているのか」




彼女の言わんとしている事をようやく理解して思わず吹き出した。
全く…目の前にいるのが本物の化け物だと言う事に気付いていないらしい。



「花子、私は本物のヴァンパイアなんだよ。…見てみるかい?」



「!?」



彼女に微笑みかけて、そのまま大きく口をあけてやる。
きっと、こうして本物の牙を見せてやるのが一番早いと思った。
そしておそらく彼女は目の前にいる人物が化け物だと認識し、その愛らしい顔を恐怖へと染めるのだろう。



「ほんもの…?」



「ああ、そうだね…ほんも、の!?」




きっとこのまま駆け足で逃げてしまうだろうと、少しばかり淋しく思っていれば
彼女の行動は予想外で、その小さな体を全力で私の腕の中へと放り投げてきてしまった。
一瞬驚いてしまったけれど、そこは私もいい大人だ。軽く彼女の身体を受け止める。




「どうしたのかな?花子。私が怖くないのかな…」



「すっごい!厨二的生き物!格好いい!!同人誌の世界からこんにちは!お耽美吸血鬼!!」




…全くもって納得いかない言葉ばかりを並べられてしまったが
どうやら花子は私を怖がるどころか、大層お気に召してしまったようで。



なんだか、他の人間たちとは少しばかり斜め上を行ってしまっているこの少女が気に入ってしまった。
…きっとこれも私の気まぐれだ。




「ねぇ花子、よければこの厨二の吸血鬼とお友達になってくれないかな」



「ほんとう!?本当ですか!?」



腕の中できゃっきゃと大はしゃぎの彼女に提案をしてみれば
大きな瞳はますますきらきらと輝いていそいそと自身のポケットの中から携帯電話を取りだす。



「じゃぁじゃぁ!取りあえずメル友から始めませんか!?」



「メル友…ふふ、そうだね。メル友から始めようか」




嬉しそうにはしゃぐ花子対して私も実は少しばかり気分が高揚している。
なんせヴァンパイアの王として恐れられている私がこんな可愛らしい少女とメル友だなんて…




互いにアドレスを交換して同時に笑う。
ああ、彼女も私も嬉しそうだ。




「あ、あの、お名前は?」



「カールハインツだよ。」



「カールハインツ様!!!」




私の名を嬉しそうに繰り返してその小さな手で一生懸命ぎゅうぎゅうと体に抱き付く。
どうやら私と友人関係になれたのがよっぽど嬉しかったらしい。



「花子、そんな様付けだなんて…気軽に“カール”と呼んでおくれ」



「カールおじさん?」



「…私はそんな一袋100円台の安い男ではないよ。」




私のささやかな反論に、自身の思いついた愛称を否定されご機嫌ななめになってしまった花子は不服そうにその頬を膨らませる。



…だって、流石に私だってヴァンパイアの王の威厳というモノがあるのだ。



「もー!カールハインツ様はわがままだなぁ!!じゃぁ仕方ないから『かーちゃん』で我慢します!」



「…………………もう、カールハインツ様でいいかな。」



私は王様であって女王様ではないので
そのどこかの母親と間違えそうな呼び名だけは勘弁してもらいたい。
観念して、初めの呼び方を希望すれば彼女は満足げに微笑んだ。




「やっぱり王様には“様”付けが一番ですよね!!」



「花子、」




その言葉に少しばかり驚いた。
私は吸血鬼であることは明かしたが、王であることは明かしていない。
問えば、彼女曰く、私の名を何処かの本で見たのだと答えた。


「花子は、もしかして博識なのかな?」



「うーん、博識すぎてホモに目覚めた幼女ですかね」



…彼女の言葉は時々専門用語過ぎてよく分からない。
世の中には自身の知らない世界がまだまだあるのだと感心させられつつも
なんだか彼女をもっと知りたくなったある日の気まぐれな夜。





(「ねぇ花子、このリストは何だい?耽美な題名ばかりだけれど」)



(「私18歳未満だからまだ実際にイベントに行って18禁ホモ本買えないんですよねー」)



(「……サークルスペースの見取り図も送ってくれないかな?」)



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