2:大天使の贈り物


さて、警察か、精神科…
それが問題だ。



いつも通り目を醒ませば体に違和感。
何だか柔らかくて暖かいモノが俺の体を包み込んでいた。
不思議に思ってシーツをはぎ取ると信じられないものを目の当たりにしてしまう。



「…………何コレ。」



「嗚呼、ダメ。ヤバい。可愛いのに格好いい…カールハインツ様の息子顔面偏差値パない。吸血鬼どころじゃない…天使!」



…女が男に襲われるのはよくあるけれど、ない。これは…ない。



シーツを捲れば俺の胴体は温もりからして人間の女に巻き付かれてしまっていた。
しかも何か訳分からん言葉を並べて息が荒い。
…流石に身の危険を感じる。



「あんた誰?」



「!喋った!!天使が!天使が喋った!!んああああ!声も甘い!!すごい!この世の奇跡!!」



俺の問いにガバっと顔を上げた女はその顔を満面の笑みに変えて
そのまますりすりと俺の頬に顔を寄せる。
…おい、どういう状況だコレ。



「ええと、他の五人はお名前聞いてきたから多分貴方はシュウさん?いやいやシュウ様?大天使?」



「………うん、そう。」



なんかだんだんとすっごい呼び方をされているが
その女の気迫に圧されて肯定してしまった。
やばい、こんな訳のわからない人間に名前を認識されてしまった。
…というか他の弟達もこの女の餌食に?
もしや生き残っているのは俺だけか?



そんな考えを巡らせていれば女は徐に部屋の隅のバイオリンを取りあげて俺に差し出した。
なんだよ、俺はもう何もしたくないんだ。
バイオリンだって、息をすることだって、ホントはもう何もしたくない。



けれど女はそんな俺の考えを読んだかのようにまた笑顔を作る。



「悲しい気持ちや淋しい気持ち、音楽に乗せたら少しは楽ですよ?大天使。」



コイツは俺の過去とか何も知らないくせにそんな事言って…
でも…何だろうか。
この気持ち悪い不審者がそう言うのならそうしても良い気がしてきた。




「…大天使の本気、見せてやるよ。」



女の手から久しく触っていないそれを取り上げて
徐に自身の抑揚のないはずだった感情のままに奏で始める。
あの日から泣かなかった、泣けなくなった自分の気持ちを全部全部この一曲に込めて最後まで演奏仕上げる。




「…………、」



全て弾き終えれば全てが軽くなったわけではないけれど、何処かすっきりしている気がした。
嗚呼、泣けないのならこうしていればいいのか…
少しばかりヒントのようなものを掴んだ気がして、女をチラリと見てみれば感傷に浸る間もなく思わず吹き出した。



「あ、ああ…あああ…尊い…大天使の旋律…TOUTOI!!!!」



「ふは…っ、キモチワル。」




気が付けば女は俺のベッドの上で何か痙攣している。
そしてその恍惚の表情で何だか明後日の方向いて悦に浸っていた。
ああもう、何か最高に気持ち悪いけど…最高に面白い。




これが俺と花子の出会い。





音楽室に流れるような旋律が響き渡る。
相変わらず音色は悲しいけれど以前のような悲惨なものじゃない。
人間じゃないけど、気持ち悪いくらいワッショイワッショイと持ち上げられていればそれなりに胸も穏やかになるものだ。


演奏の途中で廊下の方から何かが倒れる音がしたと思えば
毎日飽きるくらい聞いている断末魔に苦笑する。
嗚呼、今夜も俺の信者がやって来た。


演奏を終えて扉を開ければあの日と同じく床に突っ伏して痙攣している馬鹿な女。
やっぱり大天使だの尊いだの訳のわからない単語ばかりだ。
けれど俺も彼女と同じ時間を過ごして少しばかり専門用語ってやつを知っている。



「花子、今度の夏コミの新刊は?」



小さく笑ってそう問えば彼女は突っ伏しながら悦った声で俺の質問に答える。




「しゅ、シュウ×シュウで行こうと思います…!だ、大天使祭り…略してシュシュ!やだぎゃわいい!!」


「遂に俺が分裂するのか」



自分の相手が自分とか相当ウケるし、そしてその組み合わせの略し方が女の髪飾りみたいで更に腹筋を持って行かれそうになる。
けれどそれは必死に抑えて彼女に向かってちょいちょいと手招き。



「花子、おいで。コウとのラブソング作ってやったから聴かせてあげる」



「!私とコウ君のですか!?やだもう大天使はやることが違う!!大好きです!!」




彼女の顔は先程とは比べ物にならない位明るくなって
ぎゃいぎゃいと喧しくはしゃぎながら俺の後をついてくる。
こんだけ愛されてるってのに全く気付いてないコイツの彼氏は相当な馬鹿だ。



再びバイオリンを手に取ってチラリと彼女を見て笑えばそれに応えて彼女も笑う。
どうかこの先、花子とコウが最高にしあわせでありますように。




「大天使からの贈り物だ、しっかり受け取れ」




それは俺が彼女を全て忘れてしまう数日前の夜だった。



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