8:キミの涙


何だか頭が痛い…
重い瞼をゆっくり開ければそこは見知らぬ小部屋だった。



「あ、あれ?ここ…」



「あ、コウ君起きた?」



「花子ちゃん?え、何。ここどこ…って痛…っ」



花子ちゃんがひょいっと俺の顔を覗き込んだからゆっくりと体を起こしてみれば頭にズキリと激痛。
後頭部をさすればデカいこぶが三つくらいあった。
あ、アイドルの俺に何てことしたんだどこのどいつかは知らないけれど。



すごく腹が立って不機嫌な顔でブルブルと震えてれば花子ちゃんが俺の考えが読めたのか
ずいっと白い封筒を差し出した。



「多分コウ君の頭をボコボコに殴った犯人に報復は難しいんじゃない?ビッグでビップだし。」



「………もはや嫌な予感しかしないよ。」



そっと彼女の手から封筒を受け取って内容を読めば
心当たりありすぎる犯人…いや、ちょっぴりお茶目な王様のありがたいお言葉にながーい溜息をついてしまう。




『コウと花子が婚約したと聞いて私は大変嬉しいのだがここで少し心配事がある。もっとちゃんと私に二人の絆を見せて欲しい。というかちょっぴり暇だったので相手をしておくれ カールハインツ』




へなへなべちゃり。
そんなお茶目全開なカールハインツ様のありがたい文章に俺はスライムみたいにべたりと床に突っ伏してしまう。
ひ、暇だからって俺と花子ちゃんで遊ばないでくださいカールハインツ様…。




「まぁ仕方ないかなぁ。最近構ってあげてなかったし。ずっとコウ君にべったりだったもんねぇ。」



「……やだもうカールハインツ様への暴言酷いけど俺にメロメロって分かったから許してあげる。」




二人で小さく息を吐いて取りあえずここから出ようって扉に手をかけたけれどこれがまた全然動かない。
ガチャガチャと何度も押したり引いたりしてるのに無反応だ。



「え、な…なんで?」



「…は!これは最近はやりの何かしないと外に出してくれない特殊部屋!!!」



何ソレどこで流行ってんのさ。ていうか花子ちゃんのいう流行りなんだからきっとヲタク界隈なんだろうけれど
そんなの作っちゃうカールハインツ様ももしかしなくても花子ちゃんに毒されてんじゃないの?


頭の中で溜息をついてればヒラリと一枚の紙が舞い降りた。
手に取って二人で覗き込めばそこにはホントに指令が書いてあってそれをしなきゃ出られないとも記されてる。




「えっと、無神コウか花子のどちらかが泣かないと外には出られない。…………さぁ覚悟はいいか。」




「ちょちょちょちょちょっとまってちょっとまって花子ちゃん!!もう俺が泣く前提だし泣かせ方がグロイ!!女の子なのに指ボキボキ鳴らせないでよ怖い!!」




指令所を投げ捨てた彼女は地を這う声で俺にそう言いながらにじり寄ってくる。
泣かされる!!!物理的に泣かされる!!!


やだやだ何かこう…花子ちゃんの言動に感動して泣いちゃうなら別にイイかなって思ったけど
これはあんまりだよ!!!何が悲しくて愛しの彼女にボコボコにされて泣かなきゃいけないの!!



「そ、そもそも!俺この後ドラマの撮影があるから泣いて目赤いと怒られるし!!無理!!!」



「………私の彼氏マジ使えない。」



必死に言い訳を探してドラマ撮影と言う冤罪府を振りかざせばチッと舌打ちしてそっぽを向いちゃう花子ちゃん。
う、うん。俺今にも泣きそうだからすぐ出れるんじゃないかなぁ…
でもそこはグッと堪えてチラリと彼女は放り投げられた指令所を見つめる。
そしてカールハインツ様のお手紙も。




二人の絆…かぁ。





「ねぇねぇ花子ちゃん。カールハインツ様は俺達の絆が見たいらしいよ?だからここはお互いがお互いの事を想って…」



「いやいやコウ君で泣くとかありえないよ?」



「ひ、酷過ぎる!!!ねぇねぇ花子ちゃんホントに俺の事好きなの!?ねぇ!?」



「は?だから愛してるって言ってんじゃん。この耳は節穴なの?」




ギリリリリリ



俺の提案にコイツ何言ってんだ見たいな表情で返されちゃって
我慢できずに喚き散らせば花子ちゃんが耳をちぎれんばかりに引っ張ってくるから小さな部屋に俺の断末魔が響き渡る。
いいいい痛い!!!痛いって!!!マジちぎれる!!!花子ちゃんのドS!!!



「はぁでも仕方ない…ここを出るには私が泣くしかなさそうだし。」




「え?え?えっと…花子ちゃん?」




「……っ、ふ…っふぇ…」




「!?」



ギリギリと耳を引っ張ってた手を離してそのまま小さなため息をついた彼女の様子をじっと伺えば
暫くしてから漏れる小さな嗚咽と綺麗な涙。
そう言えば花子ちゃんの真剣な涙とか今まで見たことのなかった俺のないはずの心臓がドキリと音を立てた気がした。
駄目だ、コレ…ヤバい。
俺の胸がめちゃめちゃ苦しい。




「う…うぅ…ふ…っ」



「や、やめ…花子ちゃ…あの…」




目の前で最愛がひたすら涙を零す。
俺はどうしたらいいかわからず戸惑ってオロオロしながらもこれが正しいのか分かんないけどぎゅっと彼女の体を包み込む様に抱き締めた。
やだ、無理。
花子ちゃんの涙がこんなにも胸に突き刺さるなんて思わなかった。




「花子ちゃん、花子ちゃん…もういい。もういいよ、俺が、俺が泣くから!花子ちゃんはもう泣かなくていいよ!!」



「ふぇ…コウ、くん…」



どうしようどうしよう、どうしよう!
花子ちゃんが全然泣き止んでくれない。
いつだって花子ちゃんは笑顔と言うか悦ったような馬鹿な顔ばっかりだったからこんな顔俺は知らない。
ぎゅうぎゅうと抱き締める腕に力を込めてどうにか彼女を落ち着かせようとするけれど花子ちゃんは涙を流したままだ。




ガタリ




ひらすら泣き喚く彼女に頭がパニックになっていれば不意に後ろから扉の開いた音がする。
それを確認した俺はホっと安堵の溜息をつく。
ああ、もうこれで花子ちゃんが涙を流す必要はなくなった。



「花子ちゃんもうだいじょう…花子ちゃん?」




「ふぇ…ふえぇぇんシュウ・サカマキ大天使尊いいいいいい!!!!」




「ぎぃぃぃぃい!!!シュウ・サカマキ大天使マジムカツク!!!!俺!!!俺すごい心配したのに!!!馬鹿!!!花子ちゃんの馬鹿!!!!」




俺の腕の中で未だに涙してる彼女を覗き込めば涙の理由をぶちまけた一応俺の彼女で婚約者の花子ちゃんの口から
お約束すぎる俺のラスボス大天使の名前が出てきて顔面に青筋を何本も立てまくった。



…でも、うん。
俺はもう二度と花子ちゃんのああいうホントの涙って言うのは見たくないかも。
花子ちゃんにはいつだって笑顔でいてもらいたいって…今日ホントに思った。








「全く、悪趣味すぎません?カールハインツ様」



「ああ、申し訳ないね花子。そう言えばコウはキミのちゃんとした涙は見ていないと思ってね。」



ゴシゴシと不機嫌な顔で乱暴に赤い目を擦る花子の手を取ってやればそのままゴスっと私の額に頭突きをお見舞いして来てしまう。
全く…ヴァンパイア王にこんな事をする人間なんて花子くらいだ。
しかしこれもまたあの日私が気まぐれに教会へ足を向けてしまった報いなのだろう。



「私はコウ君の前では泣きたくなかったのに…」



「でも花子、コウだってキミの全てを愛する…守る権利位あると思うんだ。」



きっと驚いただろう、戸惑っただろう…
けれど、それも彼女の一部だ。
それに今回の感情を覚えていればコウだって不用意に彼女を傷付けて泣かせてしまったりはしないだろう。
…きっと今までよりもっと彼女を愛してくれるだろう。




「全く、私もメル友を溺愛しすぎているね。」



「ホントですよ。もう。」




コツンと先程頭突きをされた部分を弾かれて思わず「あいた」と漏らせば
花子はへにゃりと笑う。ああ、きっと彼女には私の真意は伝わっているのだろうな。
何しろ幼少期から頭と勘だけはいい子だから。




「それにしてもシュウをダシに使ったのはどうかと思うよ?後で謝っておきなさい。」



「…………はーい。」




ちょっとばつが悪そうにそう言ってしまう彼女に苦笑。
だって君が涙したのはホントはシュウの事じゃないだろう?





嗚呼、やはり人間はどうあっても脆く弱い。




けれど花子の弱さはキライではないよ。





「平気だよ、花子。君はきっと幸せなままその人生の幕を閉じることが出来るさ。」



だって君とコウの絆は神に等しい私でさえ壊すことが出来なかったのだから。
だからもうあんな風にもしものエンディングを想像して涙をする事はないんだよ。



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