9:夏の戯れ


「やってきました夏!!夏と言えば海!海と言えば水着!水着と言えば花子ちゃんのみず」



「やってきました夏!!夏と言えば夏コミ!夏コミと言えばホモ!!ホモと言えば原稿!!」



「チクショウ!!」



花子ちゃんの言葉に思わずテーブルを叩いてしまう。
くそう!分かってた…分かってたけれどやっぱり花子ちゃんはフラグをバキバキに折るというか粉末状にしちゃう。
普通はこういうのって海行って普段は見る事の出来ない彼女の可愛い水着姿見てドキドキするんじゃないの!?
何が悲しくてこのクソ暑い日々を丸ペンとPCの前で過ごさなきゃなんないのさ!



「やだよー!花子ちゃん海行こうよー!野郎の裸にトーン貼るのもうやだよー!!」



「えー?だって夏コミまでに原稿仕上げないと印刷会社さんにご迷惑掛かっちゃうじゃん。」




項垂れてぶーぶーと文句を言えば呆れかえったようにそう言われて
呆れたいのは紛れもなく俺の方だと言いたいけれどそんな事言っちゃえば俺また花子ちゃんにボコボコにされちゃうから絶対言わない。
只、それでもやっぱり男としては最愛の水着姿はどうしてもみたい訳で…



「…じゃぁさじゃぁさ。もし原稿早く終わったら海…一緒に行ってくれる?」



「………原稿が早く“出来たら”ね。」



「!よおおっし!!!頑張る!俺、頑張って花子ちゃんのアシスタントするよ!!」



珍しく、頭ごなしに「うるせぇ!」って殴られなかったから
俺ってばすごく嬉しくて大はしゃぎだ。
やったね!花子ちゃんの原稿を早く終わらせればその後は普通のカップルみたいにイチャイチャできる!!



花子ちゃんの水着姿にドキッとしたり
花子ちゃんも俺の姿にドキドキして俺が「照れてるの?」って言ったら顔赤らめて「べ、別に照れてなんかないんだからねっ!」とか言っちゃったり!?



「はぁ…もうサイコーだよぉ…」



これから訪れるであろうめくるめく花子ちゃんとの甘い時間にうっとりと想いを馳せていたから
この時、じっと俺の事を見つめてる花子ちゃんに全然気付かなかったのである。




そして数日後…




「お、終わらない…!いつになったら終わるんだこのトーン地獄!!!」



「あ、コウ君次こっちお願いねー。」



「チクショウ!すんなり俺のお願い聞いてくれるって思ったけれど予想外すぎる量!!オフ本9冊って何事だよ!!」



あれから仕事終わり、休みの日も全て花子ちゃんのアシスタントに費やしてきた。
なのに…なのにだ…終わらない…
原稿が全く終わらないのだ!!



「やだー!もうシュウ君の裸にトーン貼るの飽きたよぉぉぉ!!せめて他の男の裸に貼りたいよー!!」



「大天使の裸に飽きるとか贅沢。仕方ないよね、今回はシュウさん総当たり本だしね。」



自分の観点がもうずれにずれまくってるのは自覚してる。
自覚してるけれどもうここ数日ずーっとシュウ君の裸にトーンばかりじゃ飽き飽きだよ!!
もう俺もルキ君の頭とかべた塗りして息抜きしたい!!


「ああもう!飽きた!!トーン飽きた!!花子ちゃん、シュウルキの原稿頂戴よ、べた塗りするー!!」



盛大に喚き散らしてシュウ君に襲われちゃってるルキ君の原稿を取り上げてほっと一息。
……俺も変わったよ。
前ならこんなの見た瞬間全身鳥肌まみれだったのにもはや何も感じない。
慣れって怖いね。




「てか全然終わる気がしない…うぅ、花子ちゃんと一緒に海行きたいのに…。」



「そんなやる気がなくなりそうなコウ君にとっておきを見せてあげよう。じゃーん。」




ピラリ。



間抜けな声と共に彼女が何処からか出してきたソレに俺の目は見開かれて
顔はとんでもなく笑顔になってしまう。




「え、え?水着買っててくれてたの…?うそ…」



「しかもちゃんと彼氏のコウ君カラーのピンクだよ?どうどう、可愛いでしょ。」




得意気な花子ちゃんに対してもはや俺は感激で涙目だ。
う、嬉しい…
てっきり海の約束はこの山のような原稿を俺に押し付ける為だけにしたもんだと思っちゃってたから嬉しすぎる!!
ど、どうしよう…涙零れそう。




でも今ここで泣いちゃったら原稿汚しちゃうって思ってぐっとこらえる。
そして俺はキリリと顔を引き締めて頑張る決意。




「俺マジ頑張る!!もうあと三日でこのシュウ君の裸の山に全部トーン貼っちゃう!!」



「おお!コウ君のやる気スイッチオンだね!!」



片手に原稿を持ちながらグッと開いた手で握り拳を作って
アイドル兼彼氏兼同人作家のアシスタントとして今出来る事を全力でしようと思って再びPCに向かう。
なんだよ…花子ちゃんだって俺との海楽しみにしてくれてんじゃん!!



その事実が嬉しくて、によによと顔を綻ばせながら
シュウ君の裸体に次々とトーンを、ルキ君の髪の毛に光の速さでベタを塗っていく。





「やぁやぁ花子にコウ、原稿ははかどってるか…な、」



「カ、カ、カールハインツ様!!」



不意に扉が開かれて片手に栄養ドリンク剤を持って登場しちゃった王様が
編集中のPC画面を見てぼとりとそれを落とす。
や、やばい…!流石に自身のご子息があはんうふんな原稿とかショックだよね!!



ガタガタと震えてればカールハインツ様はつかつかと花子ちゃんにつめよって
ずいっとその綺麗なお顔を彼女に近づける。
だ、駄目だ…カールハインツ様めちゃめちゃ怒ってる!!


しかし次の彼の言葉に、俺はアイドルにあるまじき足ずっこけをしてしまうハメになってしまうのだ。




「花子!ずるいよ!!私だけ仲間はずれじゃないか!!カーシュウも描きなさい!!」



「えぇ〜?シュウカーなら描きますけどぉ…」



「怒る理由そこなんですか王様ぁぁぁぁ!!!!」




どうやら彼は自分だけシュウ君総当たり本のカップリングに入っていなかったことがご不満だったらしい。
いや、俺としてはとても羨ましいんですけど…




そして結局逆巻、無神、カールハインツ様…合計10人とあはんうふんしちゃうシュウ君の本が出来上がっちゃって
夏コミでは開始10分で完売してしまってちょっとした伝説となってしまった。





今回ばかりはシュウ君に同情だよね。




そしてクリックとかドラッグしまくって腱鞘炎になった俺の手首にも…ね。





海?行ける訳ないじゃん。
俺も一応リア充だけど、海行っていちゃいちゃしたリア充は直々に俺がぶち殺してやる。



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