10:親分と子分


「おう、なんだシチサンメガネそいつ。」



「シチサンメガネ」




「花子、違います。違うんです。」




今度こそ…今度こそ私の精神の休憩も兼ねて末っ子の元へと行こうとしたにもかかわらずまたばったり出くわしてしまった弟の一人。
きょとんとした様子で私と花子を見つめるも、相も変わらない呼び方で私を呼ぶのでその言葉を復唱してこちらをじっと見る花子の視線が痛い。




そして私も私で何が違うと言うのだろうか…けれど花子のその真っすぐな瞳に今何か言い訳をしておかないと今後彼女にもシチサンメガネと呼ばれかねない気がして必死に言葉を紡いだ。




嗚呼、もう…
本当に今日はどうして全てにおいてタイミングが悪いのか…




小さく息を吐き、目の前の俺様過ぎる弟の一人にチラリと視線を移せば
彼はどうやら花子に興味を持ったらしくじっと先程から彼女ばかりを見つめている。
そうだ……実際に姿を見るのは初めてなのだから最初から説明しなければいけなかった…



「アヤト……彼女は花子ですよ。ホラ、以前に説明したでしょう?父上から預かった」




「ああ!あれか!!へぇ、やっぱまだ餓鬼だからチチナシなんだな…ククッ」




「ちちなし…」




「仕方ないでしょう彼女はまだ人間で言う成長期ではな……花子、アヤトの言葉を真に受けて胸を触らない」




簡単な花子の説明をしてやれば数秒、以前の記憶を辿った彼から発せられた女性に対しては相当失礼にあたる言葉に
幾ら花子が幼いからと言って本人を目の前にそれは宜しくないと注意を促そうとすればその前にアヤトの言葉を真に受けて
自身のまだ発達していない胸を確かめるようにペタペタと触る花子に大袈裟な咳ばらいをしてその手を取った。




全く……一応きちんと教養をお教えしたはずなんですがね。




小さく溜息を付けば、花子は自身のしたことが宜しくない事だと汲み取ったのか
しょんぼりと眉を下げて消え入るような声で「ごめんなさい」と呟くのでどうにもその後に説教をする気にもなれない。
本当に……いつもの私なら鞭のひとつでも振りかざして身体に躾を叩きつけると言うのに…





それが出来ないのは花子の瞳がいつだって「頑張るから捨てないで」と言っているからだろう…





それは何処か幼い日の私に酷く似ていて…





じっとコチラを見つめる花子に
そのような自分らしくない考えを抱いてしまい、二三度首を振り先程までの思考をかき消した。
そしてもう一度アヤトを見つめ彼女を外へと出した目的を果たそうと
会わせる順番は盛大に違ってしまったがこれもまぁ仕方のない事だと諦め、彼に対して言葉を紡ぐ。



「アヤト、少し彼女の話し相手になってくれませんか?…彼女には私以外と話して他人への恐怖心を拭っていただきたい。」




「話し相手?へぇ、……こいつを子分にすればいいのか!!」




「違います」




至って……いたって真剣に話をしたつもりなのだが
どうしても万年赤点たこ焼き頭には通じなかったようで目をキラキラさせたまま花子を再びじっと見つめてしまうアヤトはまるで新しいおもちゃを見つけた子供だ。



嗚呼、ホラ……だから本当に最初に末っ子に会わせたかったのですよ
見て御覧なさい花子の目が「レイジの弟って皆こうなのか」と言っているじゃないですか…
ええ、ええそうです…その通りですよ否定できません。
残りの一人だって他の弟達と比べれば少しばかり優しいかもしれませんが頭は相当緩いですしね…





今更であるが事前に「私の弟達は相当頭が緩いです」と言っておかなかった事に後悔していれば
アヤトがわしゃわしゃと乱暴に花子の頭を撫でてその場にしゃがんで嬉しそうに彼女に私の全く望んでいない子分宣言を始めてしまった。




「よーし!オマエは今日から俺様の子分第一号だ!!光栄に思えよっ!!」



「え!?あ、はい!宜しくお願いします親分!!」



「アヤト!だから私は貴方に花子の話し相手をと…花子もなんでもかんでも受け入れない!!素直にも程がありますよ!!」




私の言葉を全く無視して自分の都合のいいように解釈してしまったアヤトが早速花子を子分だと言い張り
それを否定や抵抗と言う概念がほぼほぼない彼女は易々と受け入れてしまい
沢山の本の知識から引っ張り出したであろう子分の対義語でアヤトと対話するけれど……




いや、ですから私はこういうものを望んだのではなく…
子分親分だなんて、また花子が奴隷の時を思い出してしまうではないか、それでは本末転倒だとアヤトに一喝しようと思ったけれど





「よーしいいか子分一号!!!親分の俺様が最近見つけたうまいたこ焼きの店を教えてやる!!」




「た、たこ焼き!!ええとええと……本で見た!!…見ました!!」




「はぁ!?本でしか見た事ねぇのかよ!!仕方ねぇ…俺様が実物を拝ませてやる!!なんてったって親分だからなっ!」




「………」




どちらかと言えば全てを本の世界しか知らない花子に
「親分」という名目を使ってアヤト自身が見てきた世界を教えてやろうとしているように見えてぐっと言葉を飲み込んだ。




嗚呼、アヤトも何だか花子を初めてできた妹の様に思っているのだろうか…




そう思うと同時に
今まで教育すると言う理由であの部屋に閉じ込めてきてしまった自身が
いかに彼女に対して酷い仕打ちをしてきたのかという事も思い知らされてしまったようでズキリと胸の奥が痛む。
………なんて、





「(嗚呼、私は花子を只の個体として見てきたのですね)」




目の前で、アヤトとはしゃぐ彼女のキラキラした瞳を見つめ
それは、もしかしなくとも…自身が一番愛し、憎んできた人と全く同じことをしていたのだと……





『努力する者を見ない愚者』






以前言われてしまった奴の言葉が脳内に響き渡る。
嗚呼、そうだ……今まで私はずっと…ずっと彼女を見なかった。
いや、それでよかったはずなのだ……父上からは花子が死ぬまで面倒を見ろと言われただけ…




だからソレに感情なんか必要ないはずなのに…





けれど、





「ねぇレイジ!レイジの弟さんはすっごく素敵な人ばかりだねっ!!」



「……………ええ、そうですね」




嬉しそうに微笑む彼女の笑顔にこんなにも後悔で胸が痛んでしまうのは
きっと………






きっと、彼女をモノとしてではなく
もう……一人の生き物として見ているからだろう





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