16:ありがとう、どういたしまして
「もう二度と乗りませんから」
「うん!でも楽しかった!」
「貴女本当に嬉しそうですね」
最初で最後であろうメリーゴーランドを乗り終えゆっくりと出口へと向かう
彼女は終始酷く楽しそうで見ているこちら側としても羞恥に耐え乗って良かったと片隅程度には思えたが
それでももう二度と御免だと呟くも花子はお構いなしに嬉しそうだ…その表情はきっと私が此処に連れてきてみたかったもので何だか胸の奥が温かくなったような気がした。
だがそれも出口までの出来事で、其処から一歩足を踏み出せば先程の滅多に見れない光景見たさに集まってしまっていた他の吸血鬼達に瞬時に警戒をしてしまう。
花子は何の変哲もない人間で
例え私が傍に居るとしても手は出しては来ないだろうが…
「花子、早く此処を移動しましょう」
「?」
ぎゅうとはぐれないために繋がれた手を強く握って足早にその場を離れようとするも
やはりその際に耳に入ってきたのは非常に不愉快な言葉の羅列だった。
「あら、レイジ様とあろうものが只の餌に随分とご執心で…」
「しかし随分と貧相な……あれでは血も不味いだろうに」
「もしや幼児趣味でもあられるのだろうか……」
次々と聞こえてくる嘲笑と無知故の罵倒の言葉
其の言葉ひとつ耳に入る度にぴくり、ぴくりと眉を跳ね上げてしまう
嗚呼、貴方方にはわからないでしょうね…花子がどのような生き物か
今まで彼女がどのように生きてきて、私の元へやってきて…どのような仕打ちを私から受けて来たのか
此処で騒ぎを起こしてしまえば余計に厄介だと言い聞かせ
聞かぬ存ぜぬを貫き通そうとした時、最後にすれ違った男の口からぽつり、
落ちた言葉に私の中の何かがブツリと切れた音がした
「嗚呼、逆巻家次男も堕ちたものだ」
瞬間、その元凶となる口を首ごと落としてやろうと勢いよく振り返った瞬間
視界の端に捉えたのは花子の姿だった。
「…………」
「?レイジ?」
じっと私を見上げるその目は今私が何をしようとしているのか全く分かっていないような色をしていて
どうしてかその瞳の色を不用意な発言をした男の血で穢すのはもったいないような気がしてしまった。
この場で男の首を落とし、私が絶対だと力を見せつけてもいいだろうがきっとそれは彼女に似合わないし、私の美学としても違う気がする。
ひとつ、長めに息を吐いて漸く冷静さを取り戻すともはや苦笑しか出てこない。
私とした事が、自身が一番嫌う言葉を紡がれたからと言って冷静さを欠き
正しくその言葉通り、堕ちた逆巻家次男となる所だったのだ
「花子、ありがとうございます」
「?どういたしまして?」
「ふふ、よく覚えておいでで……いいこですね」
彼女の澄み切った瞳で冷静さを取り戻せたと
花子にとって神の立場でありながら救われたのだと少しばかり気恥ずかしい気もするが感謝を述べると
彼女は私が教えた教養通りその言葉にふさわしいそれを返してしまうから思わず吹き出しそうになる…
ええそうです。人間も、吸血鬼もその部分は非常に不本意ですが変わりません。
『いいですか、これは基本中の基本です。自身が嬉しい事をされたら“ありがとう”そう返されれば“どういたしまして”です』
『あ、い、が…と……ど、たまし、て』
『………………もう少し単語の発音から練習した方がよさそうですね』
ついこないだな筈なのに酷く懐かしく感じるあの日
本当に単語さえまともに話す事が出来なかった彼女が…人に対して怯え、隅の方でしか眠ろうとしなかった彼女が
今こうして私に手を引かれてではあるがしっかりと二本の足で真っ直ぐに立って人混みの中歩き、私の言葉にレッスン通りの相槌を打つまで成長した。
これは紛れもない彼女…花子自身の努力の結果だ。
これほどまでに努力をしてきた彼女を何も知らない輩に
貧相だの不味そうだの、連れているだけで堕ちただの言われる筋合いはない。
だが此処で私が感情のまま発言者を殺してしまっては
それこそ彼女にも汚名は掛かるだろう……だって私が花子の飼い主で神なのだから
すっと今一度息を吐き、傍にあったその暴言者の足をひとつ、だんっと思い切り力任せに踏み潰す
「!?」
「おや、これは失礼……私とした事が彼女の子守に夢中になりすぎて貴方の貧相な足が見えなかったようだ……ふふ、堕ちた逆巻家次男ですから大目に見て頂きたい」
「…っ、聞こえて…!」
突然の痛みに声にならない声を上げた彼に非情に嫌味な言葉を浴びせニコリと微笑めば
全て筒抜けだったのかと顔面を青ざめさせるその滑稽な態度に思わず噴き出してしまいそうになる
ねぇ貴方……私が花子の瞳を見て冷静さを取り戻していなければ今頃首、飛んでいたのですよ?
そう思うとおかしくておかして、
先程まで花子を…そして安易な理由で逆巻家を罵倒された怒りも何処かへ溶けて消えてしまった。
嗚呼、何だかこれはこれで意外とすっきりするものだ。
「さて花子、行きましょうか……後はそうですね、遊園地と言えばお菓子です。ご案内しますよ」
「あ、レイジ」
随分と爽快な気分になって機嫌も戻り、彼女をもう一つの醍醐味へと案内しようと繋がれた手を引っ張れば
不意に少しばかり大きな声で私を呼び止めた彼女にゆったりと振りむく
すると花子は少しばかり下を向き、もごもごと口を動かして覚悟を決めたように此方を向き直し
真っ直ぐと、凛とした声でこういった。
「ありがとう」
「!………ふふ、どういたしまして」
其の言葉に彼女も少なからずともいい気分をしていなかったのだと漸く理解してまた笑ってしまいそうになる
花子、貴女そもそもあのような陰口を叩かれて嫌な気分になるなんて…随分と知らない間に自分に自信がついていたのですね。
きっと其れさえも私が基準になっているのだろうけれど…
だって彼女に全てを教え込んだのはこの私、だから彼女を貶すと言う事は遠回しに私を貶していると言う事に彼女の中では通ずるのだろう。
それはなんとも酷く狂信的で恐ろしいものかもしれないが、私にとっては少しくすぐったいものでもある。
本当はこの程度で礼なんて必要ありませんと言葉にしたかったが
今回は教科書通りに。
花子もレッスン通りに返してくれたのだから私もそれに習ってみるのもいいだろう
何だか気恥ずかしい時間だと、頭の隅で考えながら
偶にはこういうのもいいだろうと切り替えて遊園地ならではの菓子が売っている場所へと向かう
遠くで今度は何故か
何かがバタバタと破壊される音が聞こえた気がした
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