3:就寝の教え


「花子、貴女先程から何をしているのですか私は就寝すると言ったはずですが」



「?」



「はぁ……」




身なりをようやく整えて今日のところはひとまず眠ろうと
彼女にも「寝る」と伝えたのだがどうしてだか今花子のいる場所は部屋の隅。
私が何故怒っているのかも分からないのかまたその首をくたりと傾げるものだからもう反射の様にため息が出てしまう。




「先程も言いましたがもう貴女はこの私…逆巻レイジの所有物なのです。以前のような奴隷生活のままでは困ります。」




「?、??」




つかつかと彼女のもとへと歩み寄り、その体をひょいと抱き起しそのままベッドへと誘導する。
全く…彼女は今まで眠るとなればこうして主人の邪魔にならないよう隅で、しかも冷たい床での就寝しかしていなかったようだ。
本当ならばそこら辺のソファにでも寝かせればいいのだろうが花子は不本意ながら私の所有物。
そのような者がソファで睡眠なんて私の美学に反してしまう。



「さて着きましたよ…こちらへ」



「!?れ、れい…レイジ…っレイジ…っ!」



「はぁ…これはマットです。私のモノは質が良いので足元がおぼつきませんか…ほら、」




ひょいっとベッドへと登り方も分からないだろうから今日だけはと乗せてやると
今まで体験してきた硬い床ではなく、ふわりと弾力性のあるものに驚いてしまったのか
瞳に涙を浮かべてこの床は恐ろしいと訴えてくる花子を抱き締めてそのままシーツの中へと潜り込み、これは恐ろしいものではないと教え込む。
全く…こんな所から教えてやらないといけないなんて




「身体が心地よく沈む感触はいかがです。」



「ん……んぅ、」



「おや、このマットの良さが分かりますか。……人間の分際で物の良し悪しは本能でわかるようだ。」




私が傍に居る事で安心したのかようやくそのマットの感触を自身の体で確かめた彼女に感想を促せば
言葉の代わりに帰ってきたリラックスしきった表情。
正直このモノの良さを分かる者なんて自身の兄弟にはいなかったので少しばかり気持ちが高揚した。





「そうですね…貴女が基礎的な知識を得て部屋を用意した際には同じものを用意して差し上げましょう。光栄に思いなさい。」



「ちし……えて、こう?」



「ええ、ええ……明日です。明日ですね、今日はもう眠りなさい。」




気分を良くした私は彼女にそんな約束をしてやるがやはり少し難しい言い回しになると理解が出来ないようで
必死に私の言葉を復唱してどういう意味だと訴えかけてくるが流石に今日は色々ありすぎて疲弊してしまっているので
私らしくはないがごまかす様に彼女を抱き込んでそのまま眠ってしまう様に促した。




「…………」



「……余程このマットがお気に召したか…それとも、いや…それはないでしょう。」




数秒後、規則正しい息遣いが聞こえたのでチラリと覗き込めば穏やかな寝顔。
初めてのマットの感触が余程気に入ったのだろうか…もしくはこうして私に抱きしめられていることに安堵を覚えたのか。
しかし後者の考えはすぐに取り払われた。
何故なら私はヴァンパイアで彼女にとっては恐ろしい生き物だからである。




それに…私は彼女の所有者であって親でも家族でもないのだ。




「…愚かしい」



すやすやと本当に気持ちよさそうに腕の中で眠る人間を見て呟いた。
その言葉は私に抱きしめられたままだらしない表情で眠る彼女と
自身の所有物だからと言って毛嫌いしている人間を腕の中に閉じ込めている私自身に放たれたものだ。





もう花子は意識を夢の中へと落としてしまっているのだから離してしまってもいいはずなのに
どうしてだかこの手は彼女の体を抱き込んだままだ。





「(嗚呼、暖かい)」




ぎゅうと、離すどころかその体を抱き締める腕に力を込めて瞳を閉じた自身を嘲笑ってしまいたい。
そんな考えとは裏腹に彼女を抱きとめることによって訪れた心地よい睡魔にもはや思考は追いつかず、私も静かに目を閉じた。




嗚呼、理由はよくわからないけれど
どうしてだか今日は穏やかな夢が見れそうな気がする。



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