4:赤が消えた頬


あの日から数週間……




「おはよう、レイジ。と言っても夜だけれど。」



「………言葉の覚えがいいのは素晴らしいですね、花子。」



「うん、レイジにもらった本は全部読んだ。」




彼女は…花子は目を見張るほどの速度で私の教育の全てを吸収していった。
たかが人間にしては物覚えがよくて私自身も上機嫌だ。
まぁ……どれだけ学んでも私への言葉遣いがなってないのは少々いただけないが。



「それにしてもレイジって吸血鬼だったんだね。通りで今までの飼い主と雰囲気が違うと思ったよ」



「…………そこら辺の下衆な人間と一緒にしないで頂きたい。」



「ああ、そうだった。レイジは人間が大嫌いだったんだ……ごめんなさい。」



ぎゅうと私が私は本を大切に抱き締めたままあっけらかんと呟いた花子の言葉にチリと自身の空気が張り詰めるのを自覚する。
それを読み取った彼女は少し申し訳なさそうに眉を下げるけれど恐らく花子が思っている私の空気が張り詰めた原因と真相は少し違う。




……人間と一緒にされたことより
彼女が本当に普通の事の様に「今までの飼い主」と言う言葉を使ったことに何故か腹が立ったのだ。





「(私はどうかしてしまったのだろうか)」



「…………レイジ?」



「………嗚呼、申し訳ない。少々考え事をしておりましたよ。…それより花子、この数週間でこの成長………貴女、本当に普通の人間ですか?」



「ええと、」




悶々とらしくない自身の考えに眉間の皺を増やしてれば
酷く不安そうな表情の花子が覗き込んできたので慌てて話題を変える。
そう…いくらなんでも早すぎる。



確かに彼女に教育を施しているのは私だからきっちり成長しないわけがない。
何でも素直に教えを飲み込もうとする花子は少なからずとも反抗しかしない弟達より多少はまだ教えがいがあると言うものだ。
只少し………少し物覚えがよすぎるとも、思う。




「花子、貴女…私が一度教えたことは次の日は全て把握してますね。人間とはそういうものですか?一度聞いたことは次の日、全て飲み込むものでしょうか。」



「………レイジが分かりやすく教えてくれるからだと思う。人間、嫌いなのに…いつもありがとう。」



「一応花子は私の所有物ですからね。………私の物が教養のないままなのは私の品位までも落ちる事になります。それは決して許されない。」



「……………うん。」




彼女に疑問を投げかければ少し嬉しそうに微笑むので
ピクリと眉を動かして彼女にわざわざ自身の時間を割いてでも教養を教え込む理由を話す。




別にこれは子育てなんてそんなぬるいものではない。




彼女が教養のないまま何かをしでかせば、それは所有者である私に全責任が降りかかり、同時に自身の品位の下降にまで繋がるのだ。
そんな事……今まで築き上げてきたものをたかが人間ごときに崩させてたまるものか。




その事実を紡げば先程まで嬉しそうだったその笑顔はどこか寂し気なものに変わり
相変わらず私が渡した本は大切に抱き締めてはいるがその顔は少し下を向いてしまった。
………愛されているとでも思っていたのか。これだから人間は馬鹿で単純だから困るのだ。




「花子、貴女を教育しているのはあくまでも私の品位の為だけです。他意なんてありませんよ…思いあがらないでくださいね。」



「………知ってる。」



当たり前すぎる真実を紡いでも彼女は笑う。
少しだけ寂しそうに……決して酷いなんて言葉も使わなければ涙も流さない。
………全く、愚かな人間の分際でそう言った部分の可愛げもないのか。



「まぁ、物覚えが早いのに越したことはないです。その分私の手間も省けますしね。」



「……うんっ!ええと今日は何を教えてくれるの?」



これ以上彼女を問い詰めても物覚えが早すぎる原因も吐露しないであろう事と幾分か話が逸れてしまったことによって興ざめしてしまったので
ひとつ、小さく咳ばらいをして手近にあった本を開く。
もう常識や作法等はほぼ教え込んで来たので余り教える事はないけれどもそれでもまだ私の所有物としてはまだまだだ。




その時私は本当に彼女に興味がなかったので
その頬に赤みがなくなっているのに全く気付かないまま、視線を書物の文字へと落としたのだった。






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