6:ディンブラをひとつ


「遊園地?」



「ええ、花子はまだ子供ですから好きでしょう?そういう場所。」



あの日から暫く彼女に休養を与えていれば次第に元の元気を取り戻したのか
無くなっていた頬の赤みも戻ってきたので私のベッドの上の彼女に一つ提案を出した。
そろそろ彼女もほぼ教養を身に着けているので個別部屋を用意してもいいのだが…





「花子が隠れて努力していたのでたまにはご褒美も差し上げないと、と思いましてね。」



「遊園地ってあの乗り物が沢山あるええと……夢の国!」



「……まぁ夢の国と比喩される遊園地は限られますがあながち間違いではないでしょう。」




今まで彼女を見てこなかった償いだと素直に言えず、「褒美だ」とそんな言葉に本心を隠して
人間の子供が楽しめそうな場所へ行こうと誘いを持ち掛ける。
すると彼女は案の定、目を輝かせその表情を嬉しそうに笑顔にしてしまうので思わず苦笑が漏れる。
嗚呼、花子のこういう表情は私が彼女に名前を付けた時以来かもしれない。




「そろそろ体調も良くなってきたようですので明日……早起きしましょうか。」



「え、でもレイジ吸血鬼………ああ、そっかレイジはお昼間でも別に灰にはならないんだった。」



「その通りです。しっかり学んでいるようで…褒美の差し上げがいがあると言うものです。」




ギシリと自身もベッドへと潜り込んでもう今日は眠るようにと彼女に促す。
初めはこのスプリングに怯えてしまって泣きそうな表情で私に訴えかけてきたと言うのに
今はもう私の隣で嬉しそうに明日の遊園地へと思いを馳せてしまっている花子にまた苦笑。
数週間前だと言うのにあの出来事が酷く懐かしく感じてしまうのは彼女の成長が著しく早いからだろうか?




「さ、もう眠りましょう。…おやすみなさい、花子。」



「うん、おやすみレイジ……ふふっ、この時間にレイジが眠るって珍しいね。」




二人でベッドの中で下らない会話を交わし、瞳を閉じた。
…こうして二人で一緒のベッドで眠るのもあと僅かだろう。
もう彼女はこの部屋から出ても問題ないほどの常識も教養も全て吸収したのだから…







「…………、」



「花子?」



「あ、う、うんっ!えっと、た、楽しそう……だ、ね、」



次の日、吸血鬼の私にしては珍しく
早朝よりの外出に流石の私でも少しばかり体が重い。
しかし今まで彼女を見てこなかった償いとしては丁度いいだろうとやってきた遊園地。
休日だという事もあり、家族やカップル等が多くて人間嫌いな身としては非常に煩わしい…煩わしいのだがそれより、




「どうしました?まさか昨日楽しみ過ぎて寝付けなかったなど…」



「そう、じゃない……けど、」




先程から花子の様子がおかしいのが気になる。
遊園地の入り口で立ち止まったまま動かない彼女に私は首を傾げるしかない。
初めての娯楽施設に楽しみ過ぎて眠る事が出来なかったのかと問うがそれもどうやら違うようで…。
一体如何したのかと花子の様子をじっと見つめて気付く彼女の小さな違和感。



「花子、」



「あ……なに?」



「予定変更です。やはり私にこのような場所はふさわしくない。」



名前を呼べばビクリと体を動かして一生懸命見上げる彼女に溜息。
全く……奴隷生活が長すぎて自己主張が出来ないのはひとつ、問題なのかもしれない。




震えていた……
小さく、彼女の足が震えていたのだ。




「で、でもレイジ…遊園地連れてってくれるって…」



「何度も言わせないでください。……これは決定事項です。」



「う…うん…」




足早に出来るだけ早く遊園地から遠ざかるように歩き続ける。
花子も一生懸命私の歩幅に追いつくように駆け足で後ろから追いかけてくるのが分かる。
そう、忘れていた……彼女が今までいた場所がどんな所だったのかを。





「(人間が恐ろしいならそう言いなさい。)」





彼女が今までいた場所は奴隷市場。
数々の飼い主が入れ替わり立ち代わり彼女に耐えがたい仕打ちをしてきたのだろう…
勿論彼女が売りに出されるたびに大勢の人間の前に晒され、競り等も行われてきただろう。
そんな彼女があのような、沢山の人間がごった返している場所で楽しい時間を過ごせるわけがない。




「これは私の配慮不足……ですね、」



「レイジ……?」



「いえ、何でもありませんよ。」





小さく自身の失態を呟けば不安そうな声が背後から聞こえた。
せめて、一刻も早くこの人混みから彼女を遠ざけてやりたいと思うのは
自身の失態を挽回したいからか、それとも……、







「ええと、レイジ…ここ、」



「此処なら忌々しい人間も少ないですからね。…どうぞ、お好きなものを。」



あれから数十分
彼女を連れてきたのは小さな喫茶店…私が落ち着ける数少ない隠れ家のような場所。
此処だけは賑やかな都会から切り離されたような穏やかな時間が流れ
先程彼女に伝えたように人間自体も少なくて落ち着く。



未だに困惑気味な花子にしれっと好きなものを頼むようにと促せば
部屋での教育が早速いきたのか、小さな文字が羅列するメニューをじっと暫く見つめてその視線をこちらへと向ける。




「おや、決まりましたか?」



「うん……これ、イチゴのタルト。」



遠慮がちにおずおずとメニュー表を私に見せて来た花子に小さく息をついて上品な呼び鈴で店員を呼びつける。
選んだものが可愛らしくて、初めて花子が少女らしい行動を取ったな…なんてらしくない事を考える。



「嗚呼、そうですね…イチゴのタルトでしたら……ディンブラをひとつお願いできますか?」



「…………ディンブラ?」



「イチゴのタルトに合う紅茶ですよ。一度飲んでみなさい。」



店員に自身の紅茶と彼女の頼んだタルトに合わせて
自身の知識の中から引っ張り出したそれに合う紅茶を共に頼んでやる。
するとその単語は聞いたことがないと言った表情で首を傾げる彼女にひとつ、得意げに微笑みかければ
その瞳はキラキラと期待の色に変わり、もう何度目かわからない苦笑をまた漏らしてしまった。




「レイジ……レイジ、今日は本当にありがとう………私、頑張るね。」



「…………何のことでしょう。私があんな騒がしい場所、好まなかっただけですよ。」




店員が注文を聞いて去っていけば再び流れる静寂とゆっくり流れる時間の中
ぽつりとつぶやかれた彼女の言葉…
そっけなく返してしまったのは私の心情が少なからずとも汲み取られてしまっていて悔しいのと恥ずかしいからだろう。




「人間ごときが私に気なんか使う必要などないのです。」



「………うん、ありがと。」



幼子に似つかわないこのような静かな場所で嬉しそうに微笑む花子が
いつか年相応に遊園地のような場所で笑える日が来るのだろうか…
なんて、




まるで彼女の親のような心境になってしまったのは気のせいだと思ってしまいたい。



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