8:僕のいもーとちゃん


「よりにもよってどうして一番初めに貴方がやってくるのですか…っ」




「だってぇ〜こういう楽しそうな話ってボクだーすきなんだもんっ!んふっ♪」




「ん……んふ?」




「花子絶対に彼の口調をマネしてはいけませんよ」




本当はなんだかんだで一番性根の優しい末っ子から慣らしていこうと思っていたのに
扉を開けた先にはどこから聞き耳を立てていたのかニコニコと胡散臭い表情を浮かべて待ち構えていた
絶対に一番初めに花子には会わせたくないと思っていた五男が一人。




「初めまして花子ちゃーん。事情だけはレイジから聞いてたけどこうやって対面するのは初めてだね、んふっ♪僕はライト。逆巻ライト君だよ〜?」




「は、はじめましてっ!」



「ちょっとライトいきなり近いですよ。私達の話を盗み聞きしていたならそれなりの事情も把握しているでしょう」



ずいっと花子との距離を至近距離まで近づけてしまうライトに一つ咳ばらいをして注意を促す。
どうせ初めの方から聞き耳を立てていたのだとしたら私が彼女に他の兄弟とコミュニケーションを取らせる理由も聞かれている筈だ。
しかしライトはそんな私をチラリと一瞬見た後、ニヤリと意地悪い表情を浮かべ再度花子へと向き直す。




「それにしてもレイジも鬼だよねー?人間が怖い花子ちゃんに人間よりもーっと怖い僕ら吸血鬼を紹介しちゃうなんてさ」



「……ライト、」




目を細め花子の首筋をなぞるライトに舌打ちを起こしそうになる。
確かに我々吸血鬼は下等な人間共よりもっと崇高で高い存在で……それ故に下等種の人間としては恐ろしく感じるかもしれない。
しかし……
様々な考えを巡らせていれば花子がライトを真っすぐに見つめ、はっきりとした声で言葉を紡いだ。





「吸血鬼は怖くないです」



「………どうしてそう思うの?」




彼女の言葉に私もライトも目を細める。
吸血鬼が怖くない…そんな事を言う人間なんてそれこそ自身の力を過信した愚かな神父やヴァンパイアハンター…もしくは虚勢くらいだろう。
けれど花子はどれにも該当しない。何故なら彼女の瞳は揺らがず真っすぐライトを見つめるばかりだから。




「だって私の神様は吸血鬼だもの」




ぎゅうと、私の服の袖をしっかりと握った彼女が宣言したその言葉に私もライトも目を見開いた。
花子の神様……その神様と言う一番遠い存在の我々を…私を彼女は何の疑いもなく神様と言う。
どれだけ努力しても何をしても両親に見てもらえず、只々奴の影に存在するしか出来なかった私を…神様と。




「……………レイジ、すごいのあの人から押し付けられたねぇ」




「?レイジ……」




「……………そんなに凄くありませんよ。」




恐らく花子を怯えさせようとしたのだろうライトが彼女から漸く少し距離を取り小さく笑って私を見やる。
花子はそんなライトの反応に自身の礼儀がなっていなかったのかと不安げにコチラを見上げるが
礼儀なんてレベルではない…花子はこんな私を神だと言って同じ種族であるライトを怖くないと言う。





それは無条件に与えられる好意で酷くくすぐったい




どれだけ努力をしても認めてもらえない私と
目の前の……愛されたいと願っても欲しい者からそれを貰う事が出来なかったライトには
その言葉は酷く革命的なのかもしれない。




「はぁ、本当は僕たちがどれだけ怖いか花子ちゃんの血を吸って思い知らせてやりたいけどそれは禁止されてるからなー」



「血?ええと……ナイフ、」



「花子。ライトは花子の主人ではないのでそんな事しなくても宜しい」



「…………ねぇちょっとこの子健気過ぎない?僕心配になってきちゃった。」





もうそんな気なんてない癖に、少しからかってやろうと意地悪な言葉を投げかけたライトに対して
真に受けた花子がキョロキョロと自身の血を捧げようと刃物を探し始めたので咳ばらいをしてその行動を諫める。
全く……まだ自身を「奴隷」としてしか認識していないのか花子は。
「奴隷」は「道具」だと思っているのか誰かに何かを言われればそれを忠実に実行しようとしてしまう。




そんな彼女の行動に困惑したライトがその感情そのままに私を見つめる
ええ、ええ……私はどうしてかこんな彼女を怯えずに年相応な場所へと連れて行ってやりたいと思うのですよ。
私の視線の意図を汲み取ったのかライトはまた小さく笑い、もう一度花子へと向き直し微笑んだ。




「ウソウソ、じょーだんだよ。レイジに僕達はレイジの弟だから大丈夫だよーって言われてるでしょ?」



「う、うん…じゃなかった…はい!」



「んふっ♪口調までレイジに調教されちゃってる〜。かーわいいなぁ。あー、でもぉ…僕には敬語はいらないよ?んふっ」



「え………で、でも」




ライトの言葉にどうしていいか分からないのか困った表情で交互にライトと私を見やる花子に笑いが漏れる。
嗚呼、花子は私から受けた教養を忠実に再現したいけれど目の前のライトのいう事も聞きたいと……
全く、自身の意思がここまで曖昧だと本当に逆に笑ってしまう。




「花子、今回はライトの言う通りにしてみてはいかがです?コミュニケーションは多少崩した口調の方が取りやすいときもあります……多少は」



「ちょっとぉ!多少を強調しながら僕を見るのやめてくれるー?んふっ♪」



「ん、んふ!」



「花子、それだけは……それだけは許しませんよ」




今回は彼女を私以外の他の者と交流させ、人…まぁ人間ではないが吸血鬼に慣れさせるのが目的なので
此処は社交界でもないしと言う理由で口調の砕けを多少と容認してやれば私の言葉に不服を感じたのかライトが頬を膨らませ反論すると同時に
彼の語尾に何か意味があると変な解釈をした花子が一番真似してほしくない語尾を紡いでしまってため息が止まらない。




「何だか花子ちゃんは純粋すぎてと言うか…なんだろうね、穢して楽しむって言うよりこのままにしてあげたい気分だよ…………妹を持った気分」



「妹?ライト…悪い冗談はおよしなさい、花子はすぐに………、」





何か新しいものを見つけたような目で花子を見つめるライトの言葉に
すかさず口を挟もうとした筈なのに、その後の言葉がどうしてだか出てくることは無かった。





花子はすぐに死ぬ





当たり前すぎるこの事実が
どうしてだか喉につかえて、そのままになってしまう。




「レイジ?」



「………なんでもありませんよ。花子、多少紹介する順番が変わってしまいましたが彼はライト。私の弟の一人ですが数々の変態行為の前科があります。警戒は怠らないように」



「ちょっとレイジ、何その紹介の仕方!!ぜーんぶ大正解だよ?んふっ♪」



「……………変態行為」



「ええ、ええ。花子の言いたいことは分かります。分かりますともだから扉を開けるのを少々戸惑ったのですよ。」




自身の弟について紹介するとライトは何故か興奮したような表情で私の言葉を全肯定し
そんな彼を見た花子は私を見上げ「こんなのがレイジの弟なのか」と目で問うてくる。
嗚呼、そうです…そうですともだから私だけを見て他の兄弟たちに夢を見ている花子に見せるのを先程戸惑っていたのですよ。





「改めまして宜しくね〜?花子ちゃん。僕がー…いーっぱい色んな事教えてア・ゲ・ル…んふっ♪」



「い、色んなこと…!」



「ちょっとライト。花子に余計な事吹き込まないでください。貴方は彼女の話し相手をするだけでいいのですよ!」




再び彼女に至近距離で近いづいて改まって挨拶をするも
その言葉に一抹の不安を覚え余計な事は絶対にするなと釘を刺すも
花子はまだ知らない事があるのだと興味津々でライトの言葉に食らいつく。




まぁ、向上心があるのはとてもよい事なのですが……
相手が相手ですよ、花子。




そんな不安を胸に抱きながらも
久々に見るライトの心の底からの楽しそうな表情と
花子の期待に満ちた瞳を見て、これ以上今は何も言うまいともう一度小さくため息を吐いた。




(「じゃあ手始めに大人のおもちゃを紹介しちゃおっかなー、んふっ♪」)



(「お…大人のおもちゃ!大人でもおもちゃ遊びするの!?」)



(「……………前言撤回です。離れなさいライト。」)



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