都合のいい押し付け


私は人間で貴方は吸血鬼




私が貴方の時間の中であっと言う間にこの一生を終えてしまう事実は変えることが出来ない




なのに貴方はそれを分かっていながら
こうして私を抱き締めて、愛してると言ってくれる





「花子、花子、愛してる」



「うん、私も大好きだよシュウ」



「…………俺は愛してるって言ってるのになんだそれ」




広いベッドの中でゆったりとした時間を感じながら
彼の逞しい腕の中で抱かれ、離れないようにと空いている手は指と指を絡めあって互いにぼんやりと見つめ愛を囁くけれど、
やっぱりどうしても少し恥ずかしくてシュウのように素直に愛してると言えない私にシュウは不満げに眉間に皺を寄せてしまうから少し苦笑を漏らしてしまう。




こんな穏やかにふたりで過ごしているけれどこんな幸せも長くは続かない。
私は人間で、シュウは吸血鬼。
イブでもなんでもないこの体は覚醒なんか夢のような一発逆転は期待できない。
だから私が彼を置いて逝くのは必然だ。




「ん、花子………もっとこっち」



「ええ?これ以上は近付け………いたいたいいたい」




もう既に半分眠っているのかとろんとした瞳でもっと近くにと懇願する彼に
今でもぴったり体をくっつけあっているというのにこれ以上は難しいと訴えるけれど
そんな私の言葉なんかお構いなしにもっともっとと言わんばかりに抱き締める腕に力を込めてしまうので痛くて仕方がない




「シュウ、」



「ん、花子が………消えるまで、こうしてたい」



「……………そうだね」




少し力を緩めてくれと抗議しようと思った矢先に落とされたその言葉
それを言われてしまうと離しても力を緩めろとも言えなくなるのが分かってて言っているのだろうか
そうならシュウは本当にずるい男だ
きっと彼の時間の感覚だと私はすぐに死を迎える。
それは………どうすることもできない事実だ。





「シュウ、シュウ……愛してる、あいしてるよ」



「嗚呼、俺も………愛してる。あんたが先に逝こうとも、それは変わらない」




懸命に私との距離を縮めようと強く抱き締めてくれる彼に愛しさが溢れて
先程恥ずかしくて言えなかった言葉がすんなりとこぼれて落ちる。
するとそれに応えるようにぽつりとこぼれたシュウの言葉にじわりと瞳から涙が零れ落ちてしまった




きっと永遠を生きている貴方はもう、置いて逝かれるのに疲れ切っているはずなのに
またこうしてすぐに死ぬ私を背負うと約束してくれた。
嗚呼、私は死後貴方を悲しませる傷となり足枷となってしまうのだろう




「シュウ………しあわせ?」



「ん………、」




もう既に殆ど夢の中の彼に優しく問いかければうつらうつらとしながらも相槌を打ってくれるからまた愛おしさが溢れて止まらない。
嗚呼、愛しい……愛しい貴方を残して逝くのは酷く心苦しい筈なのに、こうして傍に置いてくれていることが幸せで仕方がない。




「ありがとう………ごめんね?」



遂に完全に眠ってしまった彼にそっと呟いて
眠り姫様にするかのようにそっとキスをして自身も彼の腕の中で静かに眠りにつく





シュウ、すぐ死んでしまう私を最愛にしてくれてありがとう
先に逝ってしまうのに貴方に何もできなくてごめんなさい




いつか来る別れの時に
貴方はきっと幸せの主人公から悲劇の主人公へと変わるのだろうと思うと胸が裂かれるように痛いのに
もう引き返せないほど貴方に溺れてしまっている私は傍から離れるという選択肢を選べない。




「しゅ、………、」




ゆっくりと意識を微睡に落としながら最後にぽつりと最愛の名を呼ぶ
近いうちに貴方を悲劇へと叩き落してしまう私に愛してると囁いてくれてありがとう




ぎゅう、




不意に眠っているはずの彼の腕の力がまた強くなった気がして
ほわりと体の力が抜ける。




嗚呼、あと何回こうして彼の腕の感触を味わいながら眠れるだろう…
きっと残りはそう、多くなはいだろうけれど




「(しあわせ………)」




愛しい貴方の腕の中で私は幸せだけを噛みしめて意識を完全に夢の世界へと手放した。
きっと死ぬ直前も彼の腕に抱かれて幸せを感じで生を終えるのだろう




彼に悲しみ、苦しみ、寂しさ
全て押し付けて……




だから私が逝った後、独りで泣くくらいは目を瞑ってあげたい
そしてもし、そんな彼を包み込んでくれるような人が現れるならその人に彼を任せたい




なんて




酷く利己的な人間らしく
都合のいいことを考えてしまう私は愚かだろうか



カチカチカチ
私とシュウがぴったり抱き締めあいながら眠っているこの時も
確実に時計の針は無慈悲にも時を刻み進めていた



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