行ってらっしゃい、おやすみなさい


今日も今日とて元気に出勤
嗚呼、もう今すぐにでも社会人をやめてしまいたい




それにしても私は最愛との時間的すれ違いが激しいんだ
一刻も早く寿退社をして彼と同じになってしまいたいと切に願っていると言うのに
そんな愛しの彼は現在人間世界でまだ18歳の高校生



結婚できるっちゃ出来るけれど
現役男子高生にお世話になりますとは言うに言えないのは
私が結構な大人だからだろうか…どうせ結婚するなら愛も必要だがちゃんとした地盤が欲しい
嗚呼、なんてリアリスト花子ちゃんなんだろう




そしてチラリと見つめる時計は午前8時を指していて
今日も盛大に彼とのすれ違いの現実を思い知らされる。





私は朝に活動する人間
そして愛しい愛しい最愛は…





「おや、もうこのような時間ですか……通りで瞼が重くなってきたはずです」




「あ、あ、あ、レイジ君…レイジ君寝ちゃうの?」




「当たり前でしょう。私は吸血鬼です。低俗な人間の言い伝えの様に太陽で灰にはならなくともやはり活動時間は夜ですので」





慌ただしく出社準備をしていれば
不意にさっきまで優雅に本を読んでいて私の話を聞いてくれていた最愛…レイジ君がそろそろ寝ちゃうって言い出したので
思わず私の表情は寂し気なものへ変わってしまうけれど、そんな私を見てレイジ君はこつんと私の額を小突いて静かに笑う。





「何です?貴女だってこれから出社でしょう?その間眠るだけです。どうせ低能無能社員の花子さんの事ですから残業でもしてくるのでしょう…帰ってくる頃には起きていますから」




「え、ちょ、なんだろうそれ素直に喜べない帰ってきて起きててくれてるの嬉しいけどムカツク」




小突かれた額を摩りながらも相手のとげのある優しい言葉に素直に喜べずにじとりとした視線を送るけどホントは知ってる
出社直前にこんな言葉を交わすのは日常茶飯事。
そしてその時のレイジ君の目がいつも半分閉じかけているのも同じくだ。





彼と私は種族違い
だから起きてる時間も本当は正反対でこんな時間、本来なら彼は深い眠りについているのが当然なのに
いつだって毎朝態とらしい言葉を紡ぐまではしれっと私と同じ空間で起きていてくれている。





本当は交わる筈のない私達の時間にちょっぴり頑張って足先を差し入れてくれてるレイジ君が大好き





「よし、レイジ君おやすみなさい…いい夢見てね?」




「はいはい、行ってらっしゃい花子さん…お気をつけて」





玄関先で軽く交わすキスは私にとっては行ってらっしゃいのキスで
レイジ君にとってはおやすみなさいのキス
それぞれ意味は違うし、このキスが毎回交差した時間の離別を意味するからちょっぴり寂しくもある




「花子さん、ほらそんな顔をしない…帰ってきたらまたキスをして差し上げますから」




「うん……そうだよね帰ってきたらお帰りのキスしてくれるもんね!」




「ええ、そして私にはおはようのキス…です」





その寂しさを表情に出していれば困ったように笑う彼から嬉しい言葉
いつだって行ってきますとおやすみのキスで交差した時間を離別する私達は
次にただいまとおはようのキスでまたほんの少しの時間を交えさせる。





それは同族同士の恋人達と比べて酷く短くて儚いものだけれど
けれど私達はそれでもこうして二人、寄り添って生きたくて仕方がないんだ。





がちゃりと扉を開いて外へと足を踏み出す私
ゆったりと踵を返してベッドへと足を向けるレイジ君





次、時間を交える合図のキスをするまで
互いの種族らしい時間を過ごす




嗚呼、いとしいひと…おやすみなさい
そして行ってきます朝がメインの人間世界




いつか貴方の世界へ行ったときは
こんな短い時間ではなく、永遠に共に起きて共に眠ってを繰り返せたらいいな…なんて思っていると知ったら
貴方はどんな反応をしてくれるのだろうか







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