置いて逝かないで


花子さんが死んだ。





僕と彼女は所謂最愛同士で
いつだって一緒に居たけれど、こんな日が来るのは分かり切っていた。





花子さんは人間で
僕は吸血鬼





僕の事が大好きな彼女は
僕に毎日沢山の血を吸われて身体を重ねて…
そんな日々を特別でもなんでもない彼女の身体で長くは過ごせるとは思っていなかった。





『ねぇねぇ、カナト君。あのね、私が死んだらこの子達の中に入れてよ!!約束ね!!!』





生前彼女が無邪気に笑って指差した僕の可愛い“お人形達”の群れ
最愛は花子さんだって何度言っても彼女達が恋のライバルだ。皆の様にもっと綺麗になりたいと聞かなかったのを覚えている。






「確かに生身の花子さんじゃ、僕が手塩にかけて作った蝋人形に見た目の美しさでは負けますけどね」




以前の約束……と言うか一方的に決められてしまったそれに従って
魂は消えてしまった彼女の器を勝手に貰い受けてゆっくりと処理を施していく
この僕がたかだか愚かな人間の約束をこうして守ってしまうのは其れだけ花子さんを愛していたから…いえ、愛しているかだ。





其れに、きっと彼女に出会う前までは一番愛しかった彼女達蝋人形の中に花子さんの器も仲間に入れてしまえば
今こうして感じているどうしようもない寂しさも埋まる気がして…





「よし、出来ました」





念入りに、今迄の人形以上に丁寧に、念入りに処理を施した花子さんは
あの日、僕と深く交わった事によって壊れた時間其の儘に再びきちんと立っている。
少し残念なのが腐ってしまってはいけないからと、僕を写す瞳がガラス球になってしまった事だろうか。





「ふふ、やっぱり花子さんもお人形になった方が綺麗ですね」




そっと、綺麗だけれどもう笑ってはくれない彼女を他の仲間達の元へと追加してやる。
きっと今頃花子さんの魂は能天気に「やった!ライバルと漸く肩が並んだ!!」なんてはしゃいでるんだろう
花子さんは本当に馬鹿で間抜けで、僕が大好きだったから





「これで、僕も寂しくありませんね」





綺麗になった彼女を見詰め、ふわりと微笑んだけれど
どうしてかぽたり、僕の目からは涙が溢れて止まらない





「可笑しいなぁ……花子さんも僕の大好きなお人形になったのに」





此れが僕達の望んだ結末なのに…
だってしょうがないじゃないか。僕も花子さんも種族が違うんだ





「ねぇ花子さん、涙が止まりません…何とかしてくださいよ。僕の事大好きなんでしょう?」





だから約束したんじゃないか
せめて、せめて器だけは彼女の命が尽きても傍にと
彼女が望んで僕も其れを求めて……でも、





嗚呼、でも






「花子さん!花子さん!!なんで先に逝くんですか!!!僕を置いてどうして!!!!」





止まらない涙を其の儘にいつも以上に大きな声で子供の様に叫び散らしても
もう花子さんが慌てて涙を拭ってくれる事はない。
吸血鬼にとって死は祝祭な筈なのに貴女と一緒に居る時間が長くて僕の気持ちは中途半端な人間のよう






苦しい
哀しい
寂しい






ねぇ、花子さんが死んでしまって
僕はこんなにもつらい想いをするなんて思っていなかった





「花子さんなんか大嫌い!!だいきらいだ!!」





約束していた結末に耐え兼ね一人嘆く僕はなんて滑稽なんだろう
きっと祝福できると思ってた
吸血鬼として花子さんの死を穏やかな笑顔で迎える事が出来ると思ってた
だから、だからこうして器だけ傍に置くことも了承したのに






君が中途半端に僕を人間側に引きずり込んだせいで
温もりが、笑顔が、声色がないだけでこんなにも胸が苦しくて痛くて引き裂かれそうだ
苦しむはずじゃなかった僕を此処まで苦しめる君なんてだいきらい





「僕を置いて逝かないで!!!」





狂ってしまいそうなその叫びは部屋に溶けて消えて
彼女の器は悲しそうな顔一つせず、僕が生前好きだったあの顔のまま笑顔





嗚呼、覚悟していた結末を受け入れる事が出来ない位
僕はどうしようもなく愛しい貴女側の思考へと堕ちてしまっていたようだ





ねぇ花子さん
僕はこれから、好きな人が死んでしまったと言う事実を吸血鬼のくせに受け入れられそうにありません。
君が死ぬ前にこうして決めていた結末なのに我儘だと





消えたその魂は僕を笑うだろうか



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