貴女の場所


レイジさんは大切なものをいつもそばに置く癖がある。




お気に入りの食器
お父様から貰った懐中時計
彼好みの茶葉に思想が似ている分厚い本




全部全部
彼のお気に入りや大切なものは彼のすぐ傍にある




何だかそうやって
お気に入りを自身の近くに置いちゃうレイジさんが
小さな子供みたいで可愛いなって思っているのは私だけの内緒話だ。




「私が大切なものを傍に……ですか」



「はい、何だかいつもレイジさんを見てたらそうだなーって」




不意にそんな話になってぽつりといつも思っていることを口にすれば
本人である彼はきょとんとした表情でこちらを一瞬見つめるも
今日も彼のお気に入りのティーカップに彼のお気に入りの香りの紅茶を淹れるのに視線をそちらへ戻す
あれれ、もしかしてレイジさんって……





「無自覚でした?」




私のその言葉にそんな反応をする彼を少しばかりからかってやろうと
にまりと口角をあげて問えば、どうしてだかレイジさんは二三度首を横に振りながら
こちらにふわりと優しい香りのする紅茶を差し出しながらふっと表情を緩めて笑う。





「いえ、自身の癖等とうに把握済みですよ……ただ、花子さんが酷く今更な事を仰るので」



「あ、あれ…ご存知でしたか………と、いうか今更?」




素直に彼から綺麗な細工を施しているカップを受け取り
そっと紅茶を口へと運びながらもくたりと首をかしげる。
今更………今更ってどういう事だろうか。



彼の言葉の真意をよく理解できず
ひたすらにうんうんと唸っていれば
その様子を見てレイジさんはクスリとひとつ、笑みを零した。




「花子さん、私は大切なものは傍に置いていないと気が済まない性分です。」




「え、は、はい………そうですね?」





改めて紡がれた彼の癖というか性分に傾げる首の角度を深める。
知ってますよレイジさん。
レイジさんは大切なものを傍に置く…だから私さっきそう言ったじゃないですか。
なのにどうしてそれを改めて言うのかが私にはよくわからない。




そっと私に頬に触れる冷たくも穏やかなその手に
無意識に擦り寄れば、レイジさんはその手同様穏やかな声色でぽつりと零した。




「ねぇ花子さん?貴女はいつも何処に居ますか?」



「え……………そりゃ、いつ………!?」




緩やかな表情の彼にそう問われ
思わず当たり前の事を声に出して応えようとした途中でようやく気付く彼の言いたい事
どうしよう、今…私すごく顔熱い。




「レイジさん、そういうのはちゃんと言葉で言ってくださいよ……意地悪です」




「おやいつ私が意地悪じゃなかった事がありましたか?」




「………もう」




私と彼は特に恋仲というわけではない。
只の知り合い程度……だって告白もないも今までに一度もなかった………と、思っていた。





『花子さん、貴女はこれから私の傍に居なさい。いいですね』




以前、その一言だけ言われてからこうして傍にいるだけで





けれど知ってしまった…
いや、ようやく気付いてしまったという方が正しいだろう。




彼は……レイジさんは大切なものをこうして傍に置く
それはつまり私でさえ例外ではなくて……




「レイジさん、私の事が大切ならそう言ってください」



「おや、今まで気づかなかった愚鈍な花子さんは口だけは達者なようだ……ふふっ」



「あーあーあー!すいませんでした!!鈍感でごめんなさい!!!もう!!!吸血鬼分かりづらい!!」



随分と前に遠回しに告白を受け
自身も気付かないうちにそれに応えてしまってた事実にようやく気付けは
もう頬の赤みは留まることを知らない。
全く、こうも分かり辛すぎる告白は初めてだ。




「花子さん?今更私の傍を離れるなんて事……ないですよね?」



「………ええ、ええ、離れるつもりないです。というか今までだって離れなかった理由位察してくださいよ」





気付かないうちにこうして彼の「大切」になっていた私は
恥ずかしすぎて机に突っ伏してしまうも、上から穏やかな声が念押ししてくるから
もはや私がそれに応える言葉なんざこの一言に尽きるのだ。





「これからも私を傍においてください、レイジさん」




「ええ、勿論。そのつもりですよ」





漸く彼の告白を理解した私は
改めて、同じく遠回しに今後とも宜しくと少しばかり視線をあげて言葉にして微笑んだ。
私が傍に居ろと言われて喜々としてこうして本当にレイジさんの傍から離れなかった理由なんて、聞かなくても分かるでしょ?





ふわり




香しい紅茶の香りが
いつも以上に甘く感じることが出来るのは
彼の大切の内にいつの間にか入っていたのだと自覚したからだろうか




「全く、本当に意地悪なんだから」




その事実が酷く嬉しい筈なのに照れ隠しに目の前の彼…最愛に零せば
彼は穏やかに、そして「漸くだ」と言わんばかりの嬉しそうに口元を緩めて微笑んだ



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