お疲れ様〜カナト君の場合〜


「ありえないんですけど」




深夜のコンビニ
スイーツコーナーを前にして真剣な表情で呟いたその言葉は
自身に向けてなのか、それも最愛に向けてたのか自分でも少しよく分かっていないが
ありえないと言えば本当にありえないのだ。



今日も今日とて残業で死ぬ思いを死ながら帰ってくれば
起きて待ってくれていた最愛、カナト君に思わず表情を緩めたまでは良かった
まぁ彼は吸血鬼なのでこうして深夜起きていて当たり前なのだけれど
それでも満身創痍で帰ってきて愛しい彼と話が出来ると言うのは本当に幸せな事だと思う




それに今日は疲れてくたくただから
もしかしたらカナト君の口から「お疲れ様でした」という言葉と
あわよくば頑張ったご褒美に撫でてもらえるかもしれないという期待に胸を膨らませていれば
私の疲れ切った顔を見たカナト君は開口一番にこう言ったのだ





「おかえりなさい花子さん、お菓子が欲しいです。買ってきてください」






そして今に至る。





「ありえない……疲れてる私にお菓子買って来いとかマジありえない…そして素直に買いに来ちゃう私もホントありえないから」



ぶつぶつと言いながらもコンビニであろうとも
カナト君の好きそうなスイーツを探して厳選しながらカゴへと入れていく。
全く、少しは社畜の彼女を労うという選択肢はないものなのか私のカナト君には…




ながーい溜息を付きながらも
それぞれ選んでいくお菓子を頬張るカナト君を想像すれば
腹が立っていたというか呆れていたはずなのに自然とふにゃりと笑みを零してしまっている自分にその時は気付かないでいた。





「はい、カナト君……っ、買ってきたよ…!」



「ああ、ありがとうございます花子さん……わぁ、コンビニとはいえ僕の好きなものばかりです」




数十分後、厳選に厳選を重ねたスイーツ達を持ち帰り彼の前に差し出せば
カナト君は袋の中を覗き込んでとても嬉しそうに微笑んでなめらかプリンをひとつ手に取り
そのまま開封してぱくりと口に含んだ。



本当はコンビニのスイーツなんかカナト君の好みじゃないのは重々承知してるけれど
今の時間じゃ何処もお店は開いていないし、かといってレイジさんに頼むのもどうかと思ったので
こうして嬉しそうに食べてくれていて、少し安堵の息をついた
理不尽だけど……最高に理不尽にいきなりこうしてスイーツ買いに走らされてしまったけれど
カナト君が喜んでくれてるならまぁ……いいかな、なんて




すると、ひとつひとつ、沢山のお菓子を平らげている彼がチラリとこちらを見やり
ふ、と嬉しそうに微笑んでよく分からない言葉を漏らしたので私はくたりと首をかしげてしまう。





「花子さん、元気になりました?」




「は?」





にっこりとした笑顔でそんな事を言われてもちょっと下等な人間である私には意味がよくわからない。
え、私がなんでこれで元気になるの?
ぶっちゃけ余計疲れたけども。
だって帰宅早々休みもしないでカナト君のスイーツ買いに走らされたんだよ?元気になるわけが…




そう、言葉にして反論しようとする前に
そっと彼の手が私の頬に触れて、何度か愛し気に撫でてくれるので
紡ぐはずの言葉を忘れて思わずうっとりとその手にすり寄ってしまう。



「だって僕の幸せは花子さんのしあわせでしょう?」



「ん?」



「ほら、僕は花子さんのお陰ですごく幸せです。」




にっこりと笑ったまま食べかけのプリンを差し出す彼に思い返したのはコンビニでの自分
あ、私…あの時カナト君が喜ぶ顔見てちょっと…嬉しかった。
それに今だってこうして現実に嬉しそうな彼を見て…………



「いやいやいやおかしい。おかしいよカナト君確かに精神的には癒されたかもだけど肉体的にはもはや屍寸前だからね」



「全く、花子さんは我儘ですね」



「はぁ!?これのどこに我儘要素が……んぅ」




思わず彼の言葉に丸め込まれそうになったけれど慌てて訂正すれば
またしても理不尽な呆れが私を襲い今度こそ反論しようと思えばそれは可愛いスプーンによって塞がれる





そしてふわりと口に広がったのは
とても甘くて柔らかいプリンの味




「我儘な花子さんにトクベツです……甘いものは疲れを取りますからね」



「ん……カナ、んぐっ」




さっき口に入れられたのは今までカナト君がおいしそうに食べていたブリンだと自覚すれば
余りにも珍しい事に思わずどういう風の吹き回しかと問いただそうとしたけれど
追撃のプリンちゃんによってそれは阻まれる。
こんな、カナト君が自分のプリンを食べさせてくれるなんて滅多にないのに…




動揺を隠し切れずに唖然としていれば
彼は本当にニッコリと微笑んでようやく私のほしい言葉を紡いでくれた




「お疲れ様です、花子さん」



「!うんっ!!」




もう、ちゃんとお疲れ様って思ってるならお菓子買いに行かせるなよとか
その言葉真っ先に言えよとか
というか自分の物みたいに言ってるけどそのプリンは私のお金で買ったんだよとか
色々言いたいことがあるけれど、



そういうの全部吹っ飛んじゃうくらい
彼からのプリンのあーんと、労いの言葉が酷く嬉しくて
今度こそようやく心身ともに癒された気分だ




「ふふっ、僕も君の幸せそうな顔、見ると癒されます…だって君のしあわせは」



「?何か言った?カナト君」



「………いえ、なんでもないです。それより残りのお菓子も一緒に食べましょう?今日は特別に全部あーんしてあげます」



「えぇ!?いいの!?カナト君と一緒にお菓子食べれてしかもあーんしてくれるなんて嬉しいっ!!」



はしゃぐ私を見つめながらぽつりと何か呟いた彼の言葉は最後まで聞くことが出来なかったけれど
プリンだけでなく他のお菓子も彼と一緒に共有できる事実に
もはや仕事の疲れなんて吹き飛んでしまっていて……



嗚呼、結局彼の我儘を聞いて正解だったんだなぁと
結果だけを見つめて喜ぶ私はやはり愚かだと思う




思うけれど、




「カナト君、また仕事遅くなったらお菓子買ってくる。勿論カナト君の事を考えて!!」




コンビニで抱いたあの気持ちも
悔しいけれど彼の言った通り幸せな時間に違いないからと
今後の約束までしてしまうのだから、愚かしいのは今更なのかもしれないと
少し吹っ切れた様子で表情を緩め、その言葉を聞いて嬉しそうに笑う彼の手からひとつ
またお菓子を口に含んで私も一緒に微笑んだ。



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