高貴な捌け口


イライラ
ムカムカ




別に何か嫌なことがあったわけじゃない
けれど無性に機嫌が悪い…




いや、きっと色々ありすぎたんだ。
ありすぎて何が決定的かさえ分からなくなってるだけ




「あれ?花子、どうしたのさそんな暗い顔して」



「うん、ちょっとね…」



「…………?」




ふらふらと廊下を歩いていればすれ違いざまにシン君にばったり会って
いつも通りの調子で声を掛けられるけれど今の私にはそれさえ理由もなく癪に障る
けれどこんなのただの八つ当たりだというのも分かっているから
今ここで気持ちを荒立てて理不尽な理由でシン君に当たり散らすのもどうかと思ってそのまま素通りしてしまった
というか始祖に八つ当たりとかしたら絶対首位跳ねられると思うから自衛、自衛だ



嗚呼、今の私は誰かを思いやったり、せっかく声をかけてくれたシン君に感謝の気持ちさえない…
ほんと、下等種の中でもさらに下等になった気分だ。
必死に不機嫌を隠して足早に廊下を歩きぬけたので
そんな私の背中をじっと見つめていたシン君が彼の崇拝するお兄様兼、私の最愛に連絡をしていた事なんて気づきもしなかった。



「花子」




「え、あ、カルラさん?」




自身の頭を冷やそうと屋上に登れば背後から聞き覚えのありすぎる声が聞こえてしまったので
思わず振り返ればやはりそこにいたのは愛しの最愛
嗚呼、いつもなら会いたくて仕方がないけれど今日だけは会いたくなかったな…




だってきっと恋仲な貴方に逢ってしまえば
僅かながらの甘えの感情から少しばかり当たってしまいそうなんだもの



顔を見てしまえば本当に全く関係ないカルラさんに当たってしまいそうで
静かに俯いていればぽんっとそんな私の頭に大きな手が置かれて、何度か酷く優しく撫でられてしまうので
思わず涙が出てしまいそうになる




「シンから聞いたぞ…花子、貴様……機嫌が悪いそうだな」




「えっと…………はい、だから…あの…頭冷やしたいので一人に、」




「心外だ」




何度も撫でられながらも落ちてくるその言葉にシン君め、余計なお世話をと心の中で悪態をつく
きっとシン君は大切なお兄様の恋仲である私の様子がおかしいからって連絡してくれたのだろうけれど
今の状態の私だと感謝をする心の余裕がないのだ。



もう既に今の状態がばれてしまっているのなら誤魔化しても無駄だと
素直に肯定し、頭を冷やすので一人にしてほしいと申し出ようとした時に遮られてしまう彼の意外な言葉にパチパチと俯いたまま瞬きをする
え、心外?何が?ちょっとよくわかんないや…




「花子、私は始祖王だ」



「え、あ、ええ…そう、ですね?」




「始祖の王であり偉大で気高く酷く器が広くて深い」




え、ちょっとなんだこれ
カルラさんのウルトラ自慢タイムが始まってしまったのだろうか
さっきからドスドスと無遠慮に叩きつけられるのはカルラさんがどれだけすごくて素晴らしい方なのかというものばかり
いや、今そんな事全く聞いてないのになんでいきなりこんな事言いだすのだろうか…
分からない……私は自分の彼氏が全く分からない




そんな自慢の数々に困惑していれば不意に私のあまたを撫でていた手が
くしゃりと髪を掴んでしまうのでびっくりしてようやく顔をあげればそこに広がっていたのは
高慢な自慢話とは正反対のとても優しいカルラさんの微笑みだった





「カルラさん?」



「花子、私の器は広くて深い……貴様如きの八つ当たりなど寧ろ可愛らしく思う」




「え、あの……」




「だから一人で頭を冷やすなど言ってくれるな………寂しい」




「!」




その言葉はつまり、沢山当たってもいいから傍に居ろと言う事で
そうと分かってしまえば最初の少し毒のある言葉も全て愛しく感じてしまって思わずくしゃりと顔をゆがめてぎゅうと彼に抱き着いた。





「めちゃくちゃ当たりますよ……?いいんですか?」




「嗚呼、構わない……花子のような人間の八つ当たりなど愛らしい猫のようなものだからな」




「後悔してもしりません」




ぎゅうぎゅうと強く強く抱き着く腕に力を籠めれば
それに応えるように優しく抱き締めてくれる彼に涙が止まらない
ああもう、始祖王様が下等種を甘やかしまくるからその下等種は調子に乗ってこうして彼に泣きついてぎゃんぎゃんと理不尽な喚きをぶつけてしまうのだ。




「嗚呼、花子……貴様」、本当に色々ため込んでいたのだな」




「今はそんなのどうでもいいですもっと聴いてカルラさん!!」




「嗚呼、分かった……今宵は特別に貴様の捌け口となってやろう」




ぎゃんぎゃんと夜が明けるまで私の喚きに付き合ってくれる最愛を見つめ
嗚呼、とんでもなく高貴な捌け口だなぁ…今度お礼に生ハム沢山持って行ってあげようとふと思った瞬間
自身の胸の中にそういった感謝の気持ちが戻ったことに気付き思わず自然と笑みを零していた。





カルラさん、カルラさん
私の喚きを聞いてくれてありがとうございます




お陰ですっかり私はいつもの私です




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