寡黙女子と饒舌男子


私は人付き合いが苦手だ
気の利いた事も言えないし、態度にさえ表すのが難しい




そして何度も何度も
あの時ああしておけば良かったと後悔しては落ち込んでの繰り返し




そんな事を繰り返していればいつの間にか
私は話す事も、感情表現もおざなりに
まるで喋らない人形のようになっていた






そんな沈黙を守る私を見兼ねて
ある一人の饒舌な吸血鬼が呆れた瞳で私にその手を伸ばしたのだ








「…………」




ある深い夜、学校の屋上で見かけたのは酷く落ち込んでいる恋仲の背中
彼と私は言っても信じて貰えないだろうが種族が違うので誰しも耳を疑ってしまうのだが…
だって種族だけで言えば彼は我々人間の血を食らう捕食者だから





「……………レイジ」




「おや、貴女でしたか花子」




「ん」




普段よりどうしてか小さく見えるその背中に近付き、
とんとん、と二三度指でつつけば振り返ってくれた彼はやっぱり何処か元気がない。
いつもは余り喋らない私の代わりと言わんばかりに饒舌なのに口数も少ないが…
けれど私はそんな彼に「どうしたの」と単純な問いかけさえ口にすることが出来なくて
只、酷く短い返事の後静かに隣を陣取って沈黙を守るばかり




きっとレイジは落ち込んでいる




それは分かるのにどうしても言葉を紡げない
もし、どうしたのか問いかけて落ち込んでいる理由が返ってきたとして
きっと私はそれ見合う言葉が返せる自信がない




うまく返せず落ち込んでしまっている相手に気を遣わせてしまてはいけないと
その事ばかりが先行してかける言葉が声になって出てこない




「…………」




「…………はぁ」




只ひたすらに、彼と同じ空間を共有するだけで静かすぎる時間が流れるが、時折聞こえるレイジの溜息にぐるぐると私の思考回路はフル回転を始める
嗚呼、どうしよう…レイジ、落ち込んでる。
声をかけてあげたい……いつも気の利いた事が言えないからと、態度に現すのさえ苦手だと黙っている私を見兼ねて
沢山代わりに話してくれるレイジに今日くらい…
けれど、でも、何か言ったとしてレイジに「やはり貴女は気の利かない女性だ」なんて言われてしまったらきっと立ち直れないし…嗚呼、でも!




思考回路はこんなにも饒舌なのにどうしてその十分の一さえも言葉に、声に出来ないのか
ぐっと唇をかみしめる。





どうしたの、レイジ



元気ないね



らしくないよ



話、きくよ



何か大変なの?




沢山、隣の彼に伝えたい言葉はあるのに
どれもこれも、それが今の彼にとって正しい言葉なのかわからない…
だから喉の奥まで出てきそうなその言葉達は、何度も飲み込んでは消え、飲み込んでは消えの繰り返し




嗚呼、ほら…
やっぱり私は人付き合いが苦手だ





けれど




チラリと憂いに満ち満ちたその赤い瞳を見た瞬間
自然と吸い寄せられるように私の手は彼の頭へと伸びた







ぽふっ





「?……花子?」




「あ」





気が付けば私の手は彼の頭を何度かそっと撫でていて
突然の出来事にレイジは勿論、当の本人である私でさえ目を丸くしてしまっている
どうしよ……どうしてこんな事を私はしているのだろうか
先程まで彼に声をかけるかけないで葛藤していたのに
言葉を紡ぐ前に余りにも落ち込んでしまっている彼の頭を撫でるという行動に出てしまった





自身の本能的な行動に軽くパニックになりながらも
パクパクと何度か唇を動かすも、やはり励ましの言葉は出てこない。
嗚呼、情けないなぁ……レイジはいつだって私の代わりに沢山言葉を紡いでくれているのに
私は落ち込んでいる彼に何も言ってやる事が出来ないのか





自分が情けなくて情けなくて
彼の頭を何度も……何度も撫でながら涙を浮かべてしまえば
暫く固まっていたレイジが小さく噴き出してそっとその綺麗な指でぽろりと零れ落ちた私の涙を掬い上げ
そんなに時間は経っていないというのに久しく感じる饒舌な解説を言葉にしてつらつらと並べ始めてクスクスと可笑しそうに笑う





「私が珍しく落ち込んでいてどうしたのか、出来る事ならば普段の私に戻ってほしいと伝えたいけれど、うまく言葉に現わせずに行動が先に出てしまいパニックになってしまった…と言う所でしょうか?」




「!」




「ふふ、寡黙も此処まで来るとスバルも驚き……いえ、花子とスバルを一緒にすると失礼ですね」




未だに笑いを浮かべながらも彼の弟と寡黙具合を比較されそうになったけれど
ねぇレイジ……それってどっちに対して失礼って意味なの?スバル君?それとも私?
そんな言葉さえ勿論出せるはずもなく、じっとしていればひとしきり笑った彼が穏やかな瞳でこちらを見つめぽつりと柔らかな声色で呟いた。





「ありがとうございます花子」




「あ、う………」




「貴女なりの励まし…嬉しいですよ。無理せず、饒舌は私に任せてほしいですね。まぁ、貴女が未だに人付き合いが苦手なのも、言葉を紡ぐのが苦手なのもこうして甘やかしている私の所為なのかもしれませんが」




すっかりいつもの調子に戻った彼はペラペラとやはり私の分まで沢山の言葉を並べるけれど
私は実は少し悔しい……私だってレイジに何か言葉をかけてみたい
レイジは沢山言葉をくれるの、酷く嬉しいから私も…
私だってレイジの為にもっともっと話したい。




さっきまで、ぐずぐずと気を遣える言葉が云々悩んでいたのに
目の前で再び言葉を並べ始めるレイジに煽られて、ぎゅっとその袖口を掴み
顔を見てしまってはきっと緊張で声が出ないだろうからと下を向いて
さっき、一番言いたかったことをせめてと必死に……必死の喉の奥からぐーっと絞り出して彼へと呟いた





「げんき、だして」




「……………………もう元気ですよ、花子が頑張ったおかげでね」




「!」





一番……落ち込んでしまっている彼に一番伝えたかった言葉を何とか声にして伝えたけれど
数秒の間の後に呆れたような声が響いて、嗚呼そう言えばもうレイジはいつもの調子に戻っているんだからこの言葉は不要だったのかと
やっぱり自分には人付き合いの才能は無いのだと半ば落ち込んで顔を上げてみるとそこには





「レイジ」




「おや、今上を向くなんて反則ですよ花子」





しょんぼりとしながら上を向けばそこにあったのは
呆れたようなその声色とは裏腹に、酷く嬉しそうな…照れくさそうな表情をしたレイジが私を見つめてバツが悪そうにしていた




嗚呼、私の声と言葉でこんな表情をしてくれるのなら
これから……少し逃げてばかりではなく、頑張ってみてもいい…かもしれない




「おや花子、嬉しそうですね…どうかなさったのですか?」




「えっと………ナイショ」




「……………今日はやけに饒舌ですね、貴女」




そんな胸の内の決心はまだ隠して
私はいつだって饒舌すぎる彼の隣でぽつり、ぽつり
自分としては珍しく言葉を紡ぎながら静かに笑みを浮かべた







(「ところで何をそんなに落ち込んでいたんだという顔ですね…聞いてください花子またスバルが屋敷の壁を…!修繕費が追いつか……ちょっとなんですその心配して損したみたいな顔は花子これは逆巻家の危機なんですよ!」)




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