07:さよならリトルダーリン
嗚呼、ついに明日…シュウさんのお誕生日だけれど肝心な彼は幼いまま誕生日迎えるのか…
そう思った矢先、一通のふざけた手紙がどっかの気まぐれ王様から届いた。
「い、今まで私の苦労は一体……」
「え、ええとレイジ君………ま、まぁ今日までって書いてるし……ほら、ね?」
それは魔界から…丁度6日前に気まぐれでシュウさんをおこちゃまにしちゃったカールハインツさんからの手紙だった。
内容はまたそれはそれはふざけたもので、シュウさんは明日…丁度彼の誕生日に元に戻ると言う旨が書かれており
この6日間、シュウさんの為に走りまわるレイジさんと幼い彼に寄り添っていた私の様子を見て大変満足したとも…
けれど正直レイジ君が走り回ったのは幼いシュウさんは普段の彼より余計に手がかかるだろうからで…そんな事絶対王様だって見抜いてるだろうにこの内容はいかにも胡散臭い…
けれど、どういう理由か…真実はよくわからないけれど
シュウさんが18日の0時には元に戻る事実は確かなようだ
この6日間何気に実は色々調べてくれていたレイジ君は事のあっけなさに意気消沈で机に突っ伏してしまっているが
今正直私はそれどころではない……だって手紙に書かれていたのはそれだけではなかったのだ。
「(まぁ………そうなるとは思っていたけれど)」
思わず手紙を握っていた手に力を込めてしまう
くしゃり
紙がぐちゃぐちゃになる音が控えめに部屋に響いた。
「シュウさん、」
「あ、花子さん……明日僕、元に戻れるんだってね。よかったね、間に合って…花子さん、楽しみにしてたもんね」
「……………ん、」
相も変わらず彼の部屋を訪ねればシュウさんはベッドの上で足をプラプラ遊ばせながらニッコリと微笑んで迎えてくれるけれど
今日、私にいつもの元気はない。
確かに明日の誕生日、出来れば大人のシュウさんとってずっと思ってた…思ってたけれど素直に今喜べないのは手紙に書かれていた内容の所為だ。
「シュウ、さん」
「?」
言わないと……言わないとって思うのにどうしても言葉が出てこない
何度も何度も言葉を紡ごうとするけれど一向に話を切り出せない私にくたりと首をかしげながらシュウさんは穏やかに笑みを浮かべたままぽつりと先に言葉を紡いだ。
「もしかして元に戻ったら記憶は全部消えちゃうのかな」
「え、どうしてそれ………」
「嗚呼、やっぱり…そんな事だろうと思った」
伝えなければいけない手紙の内容…それをズバリあててしまった
この一週間の出来事は普段の日々にはありえない出来事だからと、記憶も全てなかったことにしてしまうらしい。
でないと色々混乱を引き起こしてしまうからと…そういう事だけれど。
そんなの今までだって色々ありえないことだって起こってるんだしそもそも吸血鬼自体がファンタジーな生き物なんだから今更だと抗議したいが
彼の父親が一人間如きの言葉に耳を傾けてくれる人ではないのも分かってる。
だから今日の24時で、彼は元の姿に無事戻るけれどこの一週間の記憶は私からも、シュウさんからもすっぽり無くなってしまうと言うわけだ。
私に出会って、遊園地へ行ったことも
カフェに行ってちょっぴり甘いクリームを食べさせられたとこも
ふかふかベッドでいいご身分宜しく私にぎゅうってされながらお昼寝したことも全部全部
きっとお昼寝したあの日、
彼が私が眠る直前に呟いた言葉も全て忘れてしまうのだ
なんだか……なんだかそれは酷く寂しい
あるべき姿に、形に、記憶に戻るだけだけれど
きっとそれが時間軸的には正しいのだろうけれど……少し、予想はしていたけれど
いざ、そうなってしまうとこんなにも寂しいものなんだな。
「…………花子さん、僕ね。花子さんに出会うまで生きていて楽しくなかったよ」
「シュウさん?」
もうどうしようもないことだけれど
なんだかやるせなくてそのまま俯てしまえっていれば小さな腕がぎゅうと優しく私を包み込んで耳元でそっと言葉を落とし始める。
チラリと視界の端に見えた時計はもう後五分で今日を終える
嗚呼、あと五分したらシュウさんは元に戻って私は全部忘れちゃうのか。
「ずっと勉強ばかり……次の当主になるんだからってそればかり……でも仕方ない事だと思ってた。僕は他の子達みたいに楽しい想いはできないんだって諦めてた」
「…………、」
「生きてるの………少し苦しかった」
ぷつり、ぽつりと零されるのは素直に勉学に励んでいた頃の……というか今目の前の彼の本音
生きてるのが苦しい……彼はどんな思いでずっと周りの言う事だけをひたすら聞いて、自身の望みを諦め、手放してきたのだろうか。
黙ってそのまま彼の吐露に耳を傾けている間にもカチリ、カチリと秒針は残酷にも時を刻み続ける
嗚呼、まって……せめてもう少し、もう少しだけ……お願いだ。
「けどこの一週間、最初は花子さんに嫌われてるかなって思ったけど……でも楽しかった……僕、はじめて生きてて楽しいなって、思えたよ」
「そっか……」
「本当に僕は僕に嫉妬する……未来の僕の生は花子さんが居てくれるお陰でこんなにも楽しいんだね」
「……っ」
その声色は今まで聞いた何よりも暖かで、穏やかで…
彼が心の底からそう思ってくれているんだって直に伝わってきて胸が痛い。
きっと彼はこれから今までの記憶もなくなって、更に辛い事をもっともっと沢山経験してまた何百年も生きながらに死んでいる時間を送らなければいけない。
そう思うと今まで元に戻ってほしいと願っていたのに返したくないと矛盾した願いが頭でぐるぐると渦巻いてしまう。
分かってる…
分かってるんだ、私の愛してるのはそういうのをすべて経験した彼だと
でも、それでも…頭でわかっているけれど心はそう素直に割り切れるものじゃない。
「誕生日………永遠を生きるヴァンパイアにとってそれは本当に無意味なものだけれど」
カチ
カチ
カチ
時計の針が一分、また一分と時を刻む
嗚呼、嗚呼、時間よもう少し……もう少しだけでいいから止まって
切なる願いさえも嘲笑うようにもう後数秒で今日が終わる
ああ、ああ、どうしよう……消えちゃう…この一週間、シュウさんとの思い出、全部全部消えてしまう
そっと最後に忘れてしまおうともせめて幼い彼の顔を焼き付けようと
私を抱き締めてくれていたシュウさんから少しだけ離れて顔を見つめれば彼はボロボロと大きな涙を零して笑っていた。
きっと彼がこんな風に泣きながら笑うのは初めてじゃないだろうか……
今まで生きていて楽しくないと、苦しかったと言っていた彼がこんな風に感情を露わにするのは、…そう、本能的に思ってしまう。
「ねぇ、花子さん……僕、ぼく…」
「ん………?なぁに?シュウさん」
彼のそんな表情につられて今は彼より大人なんだからと我慢していた涙が私の目からもとめどなく溢れて落ちる
ああもう、最後の記憶はにっこり笑顔で終わりたかったのになぁ
そんな事を考えてれば不意に頬に触れた柔らかい彼の唇、一体何が起こったのか分からずに固まっていればそんな私を見つめて
幼い彼はこれが最期だと言わんばかりに必死に……必死にニッコリと笑顔を作ってこう言った。
「僕……僕も、大好きな花子さんにお誕生日……お祝いしてもらいたかったなぁ」
「しゅ、」
「花子さん………“僕”も花子さんがだいすき」
瞬間、ゴーン…ゴーンと
今日が終わる鐘が鳴り響いた
10月17日、彼の誕生日前日……
今まで何かとっても長い夢を見ていた気がしたけれど、
あれ、なんだったかな?
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