さみしがり吸血鬼
「こんなものいらない!」
ぐしゃり。
酷い音と共に崩れて潰れてしまったチョコレートケーキと同時に私の心もぐしゃりと潰れてしまう。
そして今まで生きてきた中で一番低くて恐ろしい声でケーキを投げつけたヒステリーに宣戦布告。
「宜しい、ならば戦争だ。」
バチバチと睨み合ってお互い同時にふんっと顔を逸らす。
2月14日、甘い一日に戦争勃発だ。
わざと大きな音を立てて自室の扉を閉じれば、バンッと隣の部屋から壁を叩く音。
もうもう!カナト君の馬鹿!折角一生懸命頑張って手作りしたチョコケーキを投げつけるだなんて彼氏として最低の所業だ!
ぷんすこ怒りながらベッドにダイブ。
あーあ折角のバレンタイン、カナト君に喜んでもらおうと頑張ったのにさぁ…
どうして彼は大好きなはずのお菓子を容赦なく地面に叩き付けたんだろう。
考えても考えても答えなんか出なくて、遂には考えることをやめて瞳を閉じる。
すると控えめな扉の開く音。
何だろうと思って体を起こしてそちらを見つめれば見覚えのありすぎる愛おしい彼の相棒君。
扉の隙間からひょっこりとこちらを見つめている。
不思議に思ってよたよたと彼に近付けばゆらゆらと体を揺らす相棒君。
「テディ?」
私の声に今度はテディは軽やかにステップを踏む。
明らかに彼を操っている可愛い手が見えてしまっているが今はまだ指摘しない。
「えっと、どうしたのかな?」
「花子ちゃん、花子ちゃん、カナト君を許してあげて?」
出来るだけ優しくテディに問えば私の彼氏の可愛い裏声が響く。
もう私は先程の怒りなんか吹っ飛んで可愛すぎる彼への愛おしさで身体を震わせてしまう。
けれど、まだ…まだだ…私はまだ気づかないふりを決め込む。
必死に震える声を抑えながらまだ彼ではなくテディに話しかける。
「ど、どうしてかな?カナト君は折角作ったチョコケーキ投げつけたんだよ?ひどくない?」
「花子ちゃん、それは、ね…?」
可愛い彼の声が震える。
頑張って、カナト君。私はその理由が知りたいの。
勇気が出ないならテディ越しでもいいよ。だからカナト君の気持ちを聞かせてほしい。
暫くの沈黙の後に意を決したテディカナト君がまたてをぴょこぴょこと動かす。
「あの、ね?カナト君は…あのケーキに花子ちゃんを取られて………淋しかったんだよ、」
「………え、」
…どうしてそんな可愛いこと言うのカナト君。
確かにあのケーキを作るのに数時間カナト君の事ほったらかしてしまってはいたけれど…
もう私はカナト君への愛おしさで窒息寸前だ。
このまま息が出来なくて死んでしまったら迷わずカナト君の前に化けて出てやる。
だってこんなにも淋しがりの彼をほおっておく事なんて絶対できない。
「だから…おねがい、カナト君を…って、うわぁ!」
もう我慢の限界で勢いよく扉を開ければ驚いたカナト君がテディを離してしまい
そのまま後ろへとしりもちをついてしまった。
当たり前だけれど、もうテディ君がぴょこぴょこ動くことはない。
じっとカナト君を見つめていれば気恥ずかしかったのかふいっと顔を逸らされてしまう。
その行動すらも愛おしくて可愛くてもう我慢が効かない私はその衝動のままぎゅうぎゅうとカナト君に抱き付いた。
すると遠慮がちにカナト君もぎゅって抱き締めてくれる。
「テディがね、カナト君を許してあげてって。」
「………テディはおせっかいだから。」
そんな照れ隠しの台詞だってもう可愛くて仕方ない。照れている彼が可愛くておかしくて愛おしくて力なく笑えばこつんと額を小突かれてしまって思わず彼を見つめれば拗ねたような不機嫌顔。
「ケーキなんていらない。花子さんはずっと僕の傍に居てよ…」
「ふふ…カナト君の仰せのままに…」
可愛すぎる彼の我儘に逆らえるほど私は鬼ではないのでごめんなさいと仲直りのキスをした。
すると彼の口からふわりと甘い香り…この味はあの時味見した覚えのある味。
「えっとカナト君…もしかしてあのケーキ…」
ドキドキしながら聞いてみれば暫くの沈黙。
そして徐にテディを取ろうとしたから私はがっしりと彼の腕を押さえつける。
「やだ、テディじゃなくてカナト君の口からききたい。」
すると少し頬を赤く染めながら最高に嬉しい言葉。
「…………おいしかった、です。あり、がと…それと、ごめんなさい。」
カナト君のその言葉だけで先程のケンカはなかったことになって、私は嬉しくて嬉しくてぎゅうぎゅうと抱き付く腕に力を込めた。
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