優しい独裁者


冷たい空気の中一つ溜息をつけば、それは白くふわふわとしたものに変化してあっという間に消えてしまう。
そして私の誕生日も、もうすぐあっという間に終わる。


「なーにが悲しくて誕生日まで仕事…」



誰にも聞かれないはずの愚痴をポツリと零してそのまま家の扉に手をかける。


今日も今日とて盛大にお仕事だった。
社会人になってしまえば自分の誕生日だからって何か特別な事をする暇なんてない。
そんな暇があるならひたすら会社に貢献である。



「ん?」



出かけるときにきっちり鍵をしていたはずの扉がどうしてか鍵なしで空いてしまった。


…まさか誕生日に泥棒ですか?


それは流石についてなさすぎですよ神様。
少しだけ恐ろしかったけれど恐る恐るゆっくりと扉を開けようとすれば中から勢いよくそれは開かれて
突然の事だったから私はそのままグラリと体勢を崩し、前のめりで玄関の地面とご対面…



の、はずだった。



「ふふ、お帰りなさい…花子さん、まってた…」



「はぁ…ただいま、アズサ君」



私の身体を支えたのは侵入者で、犯人は嬉しそうに私を抱き締めたまま
すこしばかり弾んだ声でぎゅうぎゅうと抱き締める腕に力を込める。


全く、彼ならやりかねない事だと思って、どうやって鍵開けたんだとか開けたら閉じといてよとか
色々ツッコミたかったけれど多分そんな事を言ってもアズサ君はきょとんと首を傾げるだけだから何も言わない。



「で?どうしてアズサ君は来ちゃったの?会う約束してないよね?」



「うん、でも…今日、花子さんの誕生日…だから、一緒に居たくて…えへへ」




恥ずかしそうにはにかむ彼にまた苦笑。
彼の腕の中で彼のこの笑顔を見れただけで先程の愚痴なんかすっぽりと抜け落ちてしまっていて
ああ、やっぱり今年も最高の誕生日だなんて思ってしまう私は心底単純に出来ている。



「おしごと…おつかれ、さま」



「ん、ホント疲れたよ…あ、そうだ。」




ねぎらいにと鼻先にキスをされて満足気に彼の感触を確かめるように自らも抱き付けば
少しばかり今日誕生日の私にプレゼントをくれてやろうと目論んだ。


「ねぇねぇアズサ君“ごはんにする?お風呂にする?それとも俺?”って言ってみて」



「え…、」



私の思わぬ言葉にピタリと固まってしまうアズサ君。
けれど私は本気だ。
折角誕生日にこうやって仕事で疲れて帰って来たんだ。
これはもうお約束のシチュエーションを試したところでバチは当たらないだろう。



心の中で言ってくれたら迷わずアズサ君を選択すると決め込んでいれば
じわりと浮かんでしまった彼の涙に思わずびっくりしてしまう。



「あず、アズサ君?ど、どうしたの?」



「花子さん…ひどい、」



予想外の私の名前にさらにびっくりである。
え、なに?そんなに新婚さんごっこが嫌だったの?
流石に彼女ポジションなので傷付くものがある…
そんな事を思っていれば遂に彼の瞳から大粒の涙が零れてしまう。



「俺は…ごはんも、おふろも…イケナイ事も…全部全部、花子さんと一緒がいい…のに、選べ…なんて…ひどい、」



「…酷いのはアズサ君だと思う。」




何でそうやっていつも不意打ちで私の乙女心をそっと掴むどころかグシャっと鷲掴みにしてかかるんだ。
心臓いくつあっても足りないんだけど。
愛おし過ぎるその言葉に照れ隠しに大きくため息をつけば涙を零しながらアズサ君の顔がずいっと近寄ってくる。



「ねぇ花子さん…俺、全部花子さんとがいい…ねぇ、いいでしょ…?」



きゅっと離さないように指が絡められてしまい、片方の腕で私を抱き締めているから
もう身動きなんて取れない。



“いいでしょ?”



なんて、そんなの…
逃がす気なんてそもそもないくせに。



涙を零して懇願するこの吸血鬼がどこまでも自分本位なのを私は知っている。
そしてそんな彼に溺れた報いはいつだってきっちり受ける所存だ。



「ん、いいよ…アズサ君の好きにしようか。」



「ありがとう花子、さん…だいすき…えへへ」



私の返答に満足したのかアズサ君は涙を止めて嬉しそうにまた笑う。
そしてそんな彼に対して私もその笑顔に満たされて微笑んだ。



結局何もかもこの弱気で自己中心的な彼の手の上だ。
もうそれは彼を好きになった時点で覚悟していた事。







「あーもーアズサ君には勝てないなぁ。」



「?花子さん…?」




互いに抱き締めあったベッドの上で小さく呟けば首を傾げる彼に苦笑。
なんでもないですよ。只やっぱり貴方には勝てないんだって思っただけですよ。



「アズサ君だいすき」



そう、結局は惚れた者が敗者。
私は一生こうやって彼の思うがまま踊って踊って踊り続ける。



けれどそういうの、案外嫌いじゃないって思ってしまっている私はもしかしたらマゾヒストなのかもしれない。



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