farewell


ヴァンパイアは永遠を生きるから
私はきっとシュウ君を置いて逝ってしまうと思っていたのに…



どうしてかお別れは酷くあっさりとやってきてしまった。





「よ…っと、これでOKかな。」



自身の鏡を見つめてにっこり満足気に笑う。
首には私サイズに改造されたシュウ君のウォークマン。



「全く、まさかの結末に驚きを隠せないよ」




広い部屋で鏡に写るのは私だけだ。
隣にシュウ君はもういない。



だってさっき、シュウ君とは永遠のお別れをしたばかりだもの。




てっきり私が先に死ぬんだと思っていたのに
まさか彼が先に逝ってしまうだなんて思わなかった。



そしてまさか私がこんなに薄情な女だとも思わなかった。




「泣かなかったなぁ…」




鏡の中の私は悲しみに暮れているという顔ではない。
只、贔屓目に見てもお気に入りのお花でも枯らせてしまった程度…
いや、もう正直に言ってしまえは全然悲しそうじゃない。




「私、ホントにシュウ君の事好きだったのかな。」




小さく笑うのと同時に開かれた扉に目をやる。
そこには見知った人物が立っていた。
これはこれは、珍しいお客様だ。




「ルキ君、お久しぶり」



「随分と元気そうじゃないか、花子」




その口ぶりから察するに、どうやらシュウ君が亡くなって私が落ち込んでいるんじゃないだろうかと心配してくれたようで…
そんな優しい彼の気持ちが嬉しくて思わず笑う。




「そう!意外にね。私泣いちゃうかと思ったんだけどそうでも無かったみたい。あ、見てみて!コレ、シュウ君の!!」



自慢げにシュウ君のウォークマンを見せつけて
徐に両耳にイヤフォンを装着する。
これも彼のお気に入りのものだ。



「花子、逆巻シュウはもういない。」



「?うん、そうだね。」




彼の言葉の意味がよく分からずに返事をする。
どうしてだか、両耳からシュウ君の大好きなクラシックが流れ始める。



「逆巻シュウは、もういない。」



「ルキ君、どうしたの?」



「…、は…ない、…花子、」




聴こえてくる音楽が次第に大きくなっていって
ルキ君の言葉が途切れ途切れしか聞こえない。
遂には私の聴覚は全てクラシックへと持っていかれてしまい、ルキ君は何か懸命にパクパクと口を動かしている。



よく分からず取りあえず笑顔のまま首を傾げていればルキ君は勢いよく私の右手を掴んだ。



「花子、」




「………あ、」




そう、音楽が大きくなったのは私が彼に捕えられてしまっていた右手でひたすら音量を上げていたから。


無意識な自身の行動に驚いていれば
今や静寂が走るこの世界にルキ君はもう一度と言わんばかりの台詞を落してしまう。




「花子、逆巻シュウは、もういない」



「…だか、ら…わかって、」



「わかっていないだろう」




言い聞かせるように、ゆっくりと紡がれた言葉に答えようとすればルキ君は少しばかり大きな声でそう言った。
驚いてビクリと体を固めるとルキ君の言葉は続く。



「貴様はアイツの死を認めていない。認識していない。理解していない。」



「…してるよ。してるけれど、私薄情だから泣けな、」



「思い上がるなよ家畜、」




再び遮られてしまった私の言葉。
ルキ君の声はとても怖いのに、表情はどうしてだかとても優しい。



「最愛を亡くして涙を流せない自身に酔っているのか?悲劇のヒロイン気取りも大概にしろ。」



「ルキ、く…」




気が付けば私はベッドへと追い詰められていた。
あ、このベッドシュウ君のベッド…
まだ彼の香りが残っている。


そんな事を考えていればそのベッドへと勢いよく突き飛ばされてしまった。
ふわりと全身を包むシュウ君の香りはいつだって私の緊張をほぐしてくれる。


ルキ君はそんな私を見降ろしながら微笑んだ。



「花子…貴様は誰よりも繊細だ。きっと今全てを認めてしまえば壊れるのだろう…?だが、少しぐらいは現実を受け入れろ」



「…………、」




言葉が出ない。
受け入れている。ちゃんと受け入れている。


だってさっき私はシュウ君とお別れして、そしてこのウォークマンだって、彼にはもうつける事の出来ないサイズに変えてしまった。
もうこの私を包む香りだって数日後には消えてなくなる。



知ってる、分かってる、受け入れてる。



なのにどうして私の口から




「シュウ君はもういない」




その一言が出てこないの。





呆然としている私を包み込んだのはシュウ君じゃなくてルキ君だった。
ああ、やめて。
シュウ君の香りが消えてしまうじゃないか。




けれどそんな事お構いなしでルキ君は私の耳元で無慈悲な言葉を繰り返す。




「花子、逆巻シュウはもういない…いないんだ」




ひたり、私の目から何か一筋零れ落ちた。
そんな私の顔を見てルキ君は何処か安心したように笑っていた。




「嗚呼、ようやく泣けたな…花子」




…泣けなかったんじゃない。
泣きたくなかったんだ。




認めたくなかった…
心のどこかで、またシュウ君がこの身体を抱き締めてくれるんじゃないかって思ってた。




「…、ルキ君、しゅうくん…もういないの?」



「ああ、もう…いない」



「う…ふ…っ、ぅえ…っ」




ぽろぽろ…ボロボロ
零れる涙が徐々に多くなる。


それは少しずつ彼がいない現実を直視し始めてしまった証拠。
ああいやだ…お願い、零れないで、涙達。




私はまだシュウ君と一緒の夢を見ていたいのに…




「シュウ君…シュウ君…いっちゃやだ…やだよ…」



うわ言の様に呟かれる私の静かな心の断末魔は
今ルキ君にしか聞こえない。
そう…もうシュウ君には届かない。




「逆巻シュウ…貴様は幸せ者だったな」




遂に堰を切ったように大声で泣き叫び始めた私の声に
ルキ君のその言葉はあっさりと飲み込まれて誰にも聞かれる事無いまま溶けて消えた。





私を待ち構えていた現実は恐ろしく残酷で、もうこれから息をできる自信がない。



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