自信と誇り
自分に自信がなくて
これ以上他人に笑われたくなくて
只ひたすらに地面を見つめていた。
気が付くと背骨も心も
ぐにゃりと下へと折り曲がってしまっていた。
「花子さん、私はいつも姿勢正しくと言っていますよね?なんですかその姿勢は。背中に定規でも突っ込まれたいのですか?」
「ご、ごめんなさいレイジさん。」
隣ですごく不機嫌な声が聞こえたので慌てて謝罪して頭を下げると上から長い溜息。
嗚呼、本日も私は大好きなレイジさんに呆れられてしまった。
けれど私の姿勢は相変わらず曲がったまま。
自分に自信がなくて、ましてや誇りなんか持てなくて
いつしか誰にも笑われないように、馬鹿にされないようにと背景に溶け込む日々を送っていれば
何の気まぐれか、彼が私をそこから引きずりだしてこうして隣に置いている。
「レイジさん。どうして私なんか…」
「それ以上言うと怒りますよ。」
「………はい。」
おずおずとこんな人間を傍に置く理由を問おうとしても途中で怒気を含んだ言葉に遮られて
それ以上は何も聴かず、只小さくうなずいた。
チラリと私を見たレイジさんの目が何を言いたいのかは分からない。
私と違って彼は…レイジさんは自分に自信と言うか誇りを持っている。
だからいつだってその背筋はまっすぐでその瞳は常に前を向いていてとても素敵…
ホントは私なんかが彼の隣にだなんておこがましいことは分かっているけれど、当の本人が望んだのだからもはや何も言えない。
そんな事を考えていれば本日の目的地へと到着して、そっと手を取られ、思わず顔を上げると
レイジさんは柔らかく微笑んでそのままゆっくり私をリードしながら進んでくれた。
「いかがです?ココの紅茶は絶品でしょう?」
「はい…っ!ホント、美味しいです。」
私の言葉に彼も満足気に微笑んで目の前の紅茶を一口。
魔界に素敵な紅茶専門店があって、どうしても私と一緒に行きたいと言ってくれたレイジさんがここまで連れてきてくれたのだけれど
彼のおすすめのお店だけあってその香りも味も絶品だ。
けれど先程から入ってくる周りの言葉に私のハートはぐさりぐさりと確実に傷付けられている。
“なんだあそこにいる人間は。レイジ様の餌?それにしては随分貧相だ”
“見目も美しくないあんな生き物を連れているなんて…彼はどうかされたのだろうか”
“レイジ様のお戯れも随分と趣味が悪い”
…泣きたい。
でもうん、仕方ない。だって私は只の人間で綺麗でもないし血だって普通らしいもの。
そんなどこにでもいる奴がこんな素敵な吸血鬼であるレイジさんの傍にいるだなんてそりゃみんな困惑するよね。
でも…でも、うん。
こんな事を言われたくないからずっと下を向いていたのになぁ…
別に誰が悪いって訳でもない。
勿論レイジさんだって悪くない。
敢えて悪いというのならこんな素敵な彼の隣に本人の希望だからと言ってのこのこ存在している私が悪いんだ。
「………、」
次第に背中が余計に丸くなる。
もっともっと小さく、誰の視界にも入らないようにとぐにゃりと曲げる。
そして不意に零れたひと粒の涙。
私が悪いんだとしても、それでも理不尽に悲しいとか悔しいとか思ってしまうだなんてホント、救えないな。
ガタリ
目の前からそんな音がしたので姿勢は曲げたまま、視線だけそちらに向けてみると空いた席となくなっていたティーカップ。
レイジさん、もしかして私を傍に置いておくの恥ずかしくなって何処かへ行っちゃったのかな?
すると次第に遠くなっていく靴音にまたポタリと涙が零れるけれど
それは次の瞬間すぐに引っ込んでしまう事態に陥ってしまった。
「!?レイジ様!?一体何を…っ熱…っ!」
「おやこれは失礼。手が滑ってしまったようだ。」
バシャリと言った音と、先程まで小さな声で笑っていた吸血鬼様の断末魔に驚いて思わず視線どころか顔をあげれば
涼しい顔のままレイジさんが彼等に先程まで口にしていた紅茶を頭からかぶせていた。
普段冷静で何事も体裁を守る彼とは思えない行動に私は驚いてここがお店だという事も忘れて大きな声で名前を呼ぶ。
「れ、レイジさん!?」
「おや、どうかされましたか?私の愛おしいひと」
「!?」
彼の言葉に店中が騒めき、私の心臓は爆発寸前まで高鳴った。
き、聞いた事が無い!!
傍に置いておくとは言われたけれど愛おしいひとなんて聞いた事が無い!!
ぱくぱくと言葉が出ないまま呆然としていると
レイジさんがこちらにニッコリと笑顔を向けて次に紅茶をぶちまけた吸血鬼様の髪を乱暴に掴み上げて穏やかな声色はそのままに爆弾発言。
「私は戯れで彼女を傍に置いているのではないですよ。それに見目が美しくない?この目は腐っておいでで?嗚呼、あと因みに花子さんは貧相ではないですよ。…ね?花子さん。」
「し、しりません!!」
穏やかなのに何処か怒り心頭のような言葉だけれど全てそれが私をどれだけ気に入っているかというモノなので顔はもうゆでだこ状態だ。
そんな中さりげないセクハラ発言に同意を求められたので上ずった声で反論してもレイジさんは私の言葉なんて聞いてくれない。
「全く…花子さんがおいしい紅茶を飲みたいと呟いたので私の知りうる限り一番質のイイであろう此処へと連れてきましたがどうやら間違いのようだ。…紅茶は素晴らしくても客の質は最低です。気分が悪い。」
「れい、」
「行きましょう、花子さん。帰宅してから私が淹れ直しましょう。…愛を込めて、ね?」
優しく立ち上がらされてそのまま代金も支払わずに店を出た。
レイジさんがここまで怒るだなんて思わなくて動揺を隠せないまま只々彼に引っ張られるまま歩き続ける。
「れ、レイジさん…っ!あの!!」
「全く…私も相当ですね。貴女を悪く言われただけなら後で処分だけを考えましたが泣かれてしまうと…抑えがききませんでした。」
処分ってなんですか!!
物騒すぎるその言葉に青ざめたけれど彼が悪戯っ子のように笑うから
思わずドキリとして何も言えない。
そして不意に立ち止まって帰りの道端にも関わらず唇に彼のキスが落ちた。
再び先程のお店同様、周りの吸血鬼達のざわめきが酷くなる。
「花子さん、自信を持ちなさい。…誇りを持ちなさい。貴女は私に愛されているのです。」
「……、」
「今からでも降り曲がったこの背骨も心も私が矯正して差し上げますよ。」
ちょいと背中を突かれて思わずのけぞれば、丁度正しい姿勢になって「宜しい」と満足気に微笑むレイジさんはいつもの五割増し格好いい。
どうしよう、私は馬鹿で単純だからそんな事を言われると少しばかり調子に乗ってしまいそうだ。
「ああ、そうだ。忘れてました。」
ドキドキと煩すぎる心臓の音に気を取られていれば、何かを思いだしたかのような彼が少し屈んで私に視線を合わせてとびきりの笑顔。
嗚呼、レイジさんって当たり前だけれど笑顔もとっても素敵。
「愛していますよ花子さん。誰よりも…なによりもです。」
そんな言葉を受け取れば、皆無だった自信と言うか自惚れが心の中で小さく芽生える。
こんなに誇りある吸血鬼が自分を愛してくれてるんだって自覚して、それでも尚何も芽生えない人間なんてきっといない。
「おや、背筋…少しだけ、伸びましたね。」
「はい。……おかげさまで。」
数か月後、相変わらず曲がったままの背骨が
以前に比べてほんの少しだけまっすぐに、視線も前どころか私より背の高い最愛を見つめる為に常に上を向いて固定になってしまったのはまた別の話。
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