吸血鬼Rの奇妙な一日
「は?」
それはあまりにも突然の出来事だった。
時計の針が垂直になり、いつもの様に鐘が鳴り響いた瞬間私の視界は暗闇へと包まれてしまい
そのまま誰かに体を何処かへと運ばれてしまう。
…まぁ誰かと言ってもブツブツと文句を零す声に聴き覚えがあり過ぎるのですが。
「スバル!一体何なんですか降ろしなさい!!そして目隠しを取ってください!!」
「うううるせぇ!!!もうちょっと黙ってろ馬鹿レイジ!!!」
「馬鹿とはなんですか!!仮にも兄に向かって言う言葉ではありませんよ!!」
じたばたと大暴れしても一向に降ろしてくれる気配はなく喚き散らすが
「これ以上暴れると壁とガラスとぶち壊す」と言われてピタリと動きを止める。
仕方ない。今月これ以上スバルの破壊した家具やその他諸々に割り当てる余裕なんて存在しないのだ。
……父上、もう少しお金を融通してくださいこのままだと私自身がコツコツ溜めたお金さえも修理費に回してしまいそうです。
「おらっ!暫くここで大人しくしてろよ!?」
「は!?ここでって…ここはスバルの棺桶じゃないですかちょ、ま…っ」
バタンっ
突然放り投げられたかと思うと同時に目隠しがずれて視界が鮮明になる。
辺りを見渡せばスバルの部屋で、今私がへたり込んでいるのは紛れもない彼の棺桶だ。
突然の出来事に頭の整理が追い付かず、取りあえず目の前の末っ子にこんな行動の理由を問いただそうとしても有無を言わさずそのまま押し込められて扉を閉じられてしまった。
そしてドサドサと何かが上に積まれてしまう音…。
ちょっと、まさかここに本気で閉じ込めるつもりなんですか!?
「くっ…!」
何度か蓋を押し上げようと強く押してみたものの、一向に開いてくれる気配がなくて
もうどうしようもなく、小さく息をつき、成り行きに身を任せることにしようと考えを落ち着かせてようやく気付くこれまた覚えのあり過ぎる気配。
「…どうして貴女まで此処にいるのですか花子さん。」
「えへへ、レイジさんぎゅー」
「“レイジさんぎゅー”ではありませんよ!どうしてここにいるのかと聞いているのです!!」
おそらくずっと傍にいたであろう彼女にぎゅうぎゅうと抱き付かれながらも大きな声で咎めれば自身の声が棺桶内に反響して顔を顰める。
…そうでした、ココは狭い棺桶の中でした。
1人で軽率な行動に反省をして、もう一度彼女に問いただせば今世紀最大のドヤ顔が私の視界いっぱいに広がる。
「私が頼んだんです!」
「意味が分かりません」
「ひどい!」
背後に「どやっ」と言う文字でも浮かびそうなその顔に溜息をつきながらも力強く額を弾けばまた意味の分からない事。
全く…スバルといい、花子さんといい、何を考えているのやら。
「とりあえずここから出ましょう。流石に二人だと狭いでしょう?」
「駄目ですよ!だめだめっ!!今三つ子ちゃんがキッチン使ってるんですからそれまではレイジさんはここです!絶対怒るもん!!…あ、」
「な ん で すっ て !?」
思わず出てしまったと言った感じの彼女の言葉に私の全身の血がさっと引いてしまうのが分かる。
あ、あの三つ子…アヤトとカナトとライトがキッチンを…使っている。
使っている!!!?
いやいやいやふざけないでください以前もキッチン爆発させたんですよ彼等は!!
「こ、これ以上私の聖域を爆発させる訳にはいきませんよ!!!」
「聖域って!!!そんなそんなレイジさん主婦みたいな!!」
「もう今は主婦だろうが姑だろうが何だっていいですよキッチンを守り切る事が出来ればそれで!!!」
ガンガンと大きな音を立てて蓋を叩き、ぐいぐいと先程とは比べ物にならない程の力で押し上げる。
すると少しばかり入って来た光に一握の希望を見出したが、その瞬間、私に抱き付いている花子さんの腕の力がぎゅっと強くなった。
「だめですー!レイジさんは三つ子ちゃん達が満足するまで此処にいるのー!!」
「ふざけないでください花子さん!!貴女それでも私の最愛なんですか!?もっとこう彼氏である私の気持ちを尊重してはいかがですか!!」
「やだぁぁぁ!レイジさん此処にいてよぉぉ!!!」
こんな状況でなければ嬉しいはずの花子さんの言葉も今は全くもって嬉しくない。
彼女に抱き付かれながらも必死に棺桶を押し返していくと私にとって死刑宣告の音色が屋敷中に広がってしまった。
ドカーンッ!!!
「うわああああ!!!私のキッチン!!!」
「ああっ!レイジさん!!」
酷過ぎる爆発音が聞こえた瞬間、自分でも驚くほどの力で棺桶をこじ開けてキッチンへと一直線にかけていく。
チラリと見えた棺桶の上に乗っていたであろうクローゼットやベッド、その他諸々は今は後回しだ。
後できっちりスバルに片付けさせる!!
「アヤト!!カナト!!!ライト!!!!貴方達一体また何を…っ!」
「おっ!シチサンメガネっ!!ナイスタイミングだぜ!!」
「レイジ!!見てください!!僕とテディが頑張ったんですよ!?」
「カナト君違うでしょ〜?僕達三人が頑張ったの!んふっ♪」
ようやく辿り着いたキッチンで憎き悪魔の破壊神三つ子を見つけて怒鳴り散らせば
普段のように血相を変えて逃げる訳でもなく只々嬉しそうに笑ってこちらに寄って来たので拍子抜け。
彼らの顔には沢山のクリームが散らばっている。
「ど、どういう…これ、は」
ぐいぐいと三人に連れられて椅子に座らされて差し出されたのはとても小さいけれど美しいケーキ。
赤い苺と紫のブルーベリー、緑のマカロンがそれぞれとても可愛らしくトッピングされていた。
「たんじょーび、オメデトな!シチサンメガネ…じゃない、レイジ!!」
「アヤト…」
「花子さんがどうしてもって言うから…僕達頑張ったんですよ?」
「カナト…そうですか、彼女が。」
「ほんと、レイジのビッチちゃんは健気だよねぇ…あれだけ一生懸命お願いされちゃ、断れないよ。んふっ♪」
「ライト…って、お願いって彼女に何もしてませんよね?」
じわりと胸が熱くなる。
ヴァンパイアにとって誕生日なんてどうでも良いものだから今日この日が自身のそれだなんてすっかり忘れてしまっていたが
そうか…人間である花子さんにしてみれば最愛の私の誕生日はこれほどまでにトクベツなものだったのか。
まさか三つ子とスバルを使ってここまでしてくれるとは思ってもみなかったけれど。
「いやいやレイジさん。実は三つ子ちゃんもスバル君もレイジさんのお誕生日お祝いしたそうだったんですよ。だから背中を押してみましたっ!」
ひょいっと背後から私を追いかけてきたであろう花子さんが現れてニッコリと嬉しそうにそう言うと
アヤトもカナトもライトも顔を真っ赤にして「あーあーあー!!!」と彼女の言葉を遮ろうとするけれどもう遅い。
だって全て聞いてしまいました。
「吸血鬼である貴方達が誕生日…ふふっそうですか。花子さんに影響されたのですか?…ふふっ」
「うるせぇな!!!だって人間の誕生パーティって楽しそうじゃねぇか。」
「ケーキ沢山用意してお祝いするんでしょう?…ひとつしか作れませんでしたけど。」
「んもう!ここは素直にありがとうって受け取ってよレイジっ!!」
ひとしきり笑って皮肉を言えば普段より素直な彼らの反応に再び笑みが零れてしまう。
ああ、これも人間である花子さんと私が一緒になった影響なのでしょうか。
「そうですね、ありがとうございます。…あと、スバルも、ね?」
こんな日位、自身も素直になろうと笑顔を隠すことなくそう言えば
後ろで隠れているつもりだったのかスバルがガタリと物音を立ててチラリと顔だけ姿を現して「おめでとな」と小さ過ぎる声で祝福の言葉をくれたので
この場にいる三つ子と私、そして花子さんと声をあげて笑ってしまった。
全く…このような奇妙な日、本当に一年に一回なのでしょうね。
「…………どうしてここに貴方がいるのですか。」
「そいつに頼まれた。」
にぎやかすぎるひとときを過ごし、ようやく花子さんとふたりきりになれたと思い
自室へと戻ればふわふわ金髪穀潰しがベッドでうつらうつらとしながら待ち構えており、反射的に青筋を立てたが
彼が指さす先を見つめてひとつ、大きな溜息をついた。
「今度は何なんですか花子さん。穀潰しに何を頼んだのですか。」
「えへへへへへ」
相変わらず私にぎゅうぎゅう抱き付いている彼女の頭を撫でてやると嬉しそうに笑うので
思わず自身の顔も緩むけれど、じっとこちらを見突けている穀潰しに気付いてひとつ、咳払い。
すると彼は徐にいつの間にか持ち込んでいたであろうバイオリンを取りだして何も言わずに只々淡々と私の知らない曲を弾いていく。
「これは…」
「私が作ったんですよ?」
その言葉に思わず目を見開いたけれど今はそれより耳に入ってくる酷く優しくて暖かい旋律に心奪われて仕方がない。
そう言えばここ数日花子さんと穀潰しが一緒の場面をよく見かけていたけれど…そうか、そう言う理由で。
「私は音楽の事、よく分からないのですが沢山のお祝いの言葉じゃ足りないからこうして…シュウさんに協力してもらいました。」
「そう、ですか…」
もうそれしか言葉が出てこない。
確かに彼女が音楽に精通していると言った事は聞いた事が無い。
だからきっとこのような曲一つを作るのに随分苦労したと思う。
そこまでして私を祝いたかったのかと思うと本当に胸がぐっと苦しくなる。
「……、逆巻の長男を愛情のスピーカーにするとか、ホントレイジの女は大物だな。」
「…そうでしょう?なにせ私の最愛ですから。」
「レイジさんっ!!」
優しくて暖かい演奏が終わりを告げると同時に口にされた嫌味に
こちらも意地悪に微笑んで返すと花子さんはまた嬉しそうに笑ってくれる。
嗚呼、もう…私は貴女を最愛だと言っただけなのにそれがそんなに嬉しいのですか?
「レイジ、今…しあわせ?」
「ええ、おかげさまで」
「そっか……オメデト。」
ようやく自身の役目を終えたと言った態度でスタスタと部屋を出ようとする彼が
すれ違いざまにそう問うたので、今の心のままを答えれば
普段より幾分か柔らかい声色でそんな言葉がささやかれた。
嗚呼、誕生日とは不思議なものだ。
ここまで皆素直になるものだなんて知らなかった。
「さて、ようやく二人きりです。花子さん…貴女のこの唇からはまだ聞いてませんよ?」
そっと手を取りベッドへとエスコートすれば嬉しそうだが顔が先程より赤いのはこれから起こりうる事を期待しているからなのか
そんな可愛らしい反応をする最愛にそっと唇を落としてあの言葉を催促する。
すると誰よりも幸せそうな表情で紡がれる、愛と祝福に不浄の存在である私はこれ以上なく喜びを感じ、滑稽だと胸のうちでひとり、笑う。
「お誕生日、おめでとうございますレイジさん。愛してます。」
「ありがとうございます。奇妙な一日をありがとう…花子さん。」
もう一度、今度は深く深く唇を落とし、塞ぐ。
ケーキもいい、音楽もいい。
素晴らしかった。
けれどやはり最後はこうして最高のプレゼントを堪能したいと思う私はワガママですか?
「ねぇ花子さん…誕生日、貴女をいただいてもいいですか?」
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