神の皮を被った王


「どうして神様は私達に感情を与えてしまったのかなぁ。」



「…どうしたんだい?突然。」



何気なく呟いた彼女の言葉が気になってその真意を問えば
花子はぼんやりと言った様子でどこか、遠くを見つめて言葉を続ける。



「別に、感情っていらないんじゃないかな…って。只子孫を残すだけならそんなの不要でしょう?」



「…確かに。」



「恋とか愛とかもいらないと思うの。わざわざそんな綺麗な言葉紡いだところでやる事はひとつだもの。」



「花子は何が言いたいのかな?」



カランと、グラスの中の氷が揺れる。
揺れる液体に映るのはよく分からないと言ったような疑問符まみれの彼女の顔。



「ねぇカールハインツ。神に近い貴方なら分かるかしら?どうして彼は私達にこんなものを与えたの?」



「………そうだね。」



一瞬の沈黙の後、そっと彼女の頬に触れた。
花子は愚かで愚鈍だ。
私は神に近いだけであって神そのものではない。
だからこれから口にするのは単なる私の気持ち。
神の皮を被った只の一人の吸血鬼の戯言だ。




「淋しかったのではないだろうか。」



「淋しかった?」



ゆるゆると撫でる頬に添えられた小さな手は私のモノよりずっと柔らかで暖かだ。
その感触にぐっと胸が締め付けられるのはどうしてなのかは私は知っている。
けれど私はこの子をこちらの世界へと引き摺り込む勇気はない。



「そう…淋しかった。独りきりで誰も感情を共感できなくてどうしようもなかったから…君達に感情を与えたのかもしれないね。」



「…そんな理由?」



「案外答えはいつだって単純でそれでいて下らないものだよ。」




にっこりと柔らかく微笑んでやればキョトンとしたような花子にまた苦笑。
だって仕方ない。
今の答えは神そのものではなくて神もどきの私のモノだ。



「神様もきっと、お友達が欲しかったんだよ。」



「………貴方も、」



静かな言葉を紡げは今私がしているように花子もそっと空いた方の手を私の頬へと伸ばす。
ふわりと触れたそれは私の胸をもっともっとと痛いくらいに締め付けてきてしまう。



「ねぇ、貴方も淋しかったの?カールハインツ。だから私を見つけたの?」



「…さぁ、どうだろうね。」



カタリと勇気をだして体を乗り出してその瞳にキスを落とす。
彼女の小さな唇に重ねる勇気はない。
この子を見つけて傍に置いたのはきっと私も淋しかったからだろう。
王として、父としてではなく、只の一人の吸血鬼としてみてくれる人が欲しかったのかもしれない。




まぁそれがいつの間にか淡く可愛らしい恋心になってしまったのだという事はあまり認めたくはないのだけれど…




「どうして花子はそう思ったのかな?」



「そうね、理由は…」




瞬間、ちゅっと可愛らしい音が部屋に響き渡る。
塗れた唇の感覚に一瞬何が起こったのか把握できなかったが目の前の勝ち誇ったその表情にひとつ
「やられた」とこちらも挑戦的に微笑んだ。
全く、この私を出し抜くだなんて…この人間は本当にどうかしている。




「カールハインツが神様の皮を被るからかしら。」



「…キミが最初に言ったんじゃないか。」




やれやれと髪を[D:25620]き乱し、声をあげて笑う。
吸血鬼の王もどうやら花子の前では型無しのようだ。



「神を偽った貴方の本音、とても可愛らしくて私は好きよ?」



「それはどうも」



クスクスと可愛らしく笑う彼女に降参ですと両手をあげると
再び「可愛らしいわ」なんて言われてしまいもはや返す言葉もない。




ああもう、だから花子は手放せない。




「結局神はどうして私達に感情を与えられたのかしら?」



「知らないよそんなの。私は神に近いだけであって神そのものではないからね。」





振り出しに戻ってしまったそんな会話。
けれど今度は私も負けじとその唇を塞いで意地悪に笑う。




「それこそ神のみぞ知る、だろう?考えても無駄だよ。」




一番上の子のような投げやりなその言葉に「それもそうね」だなんて台詞が返ってきてしまい
お互い小さく笑って何事もなかったかのようにお茶会を再開する。
感情ね…きっとなければ今より世の中楽だったのだろうとは思うけれど。



けれどその分、世界は灰色で何の魅力もないものだったのではないだろうか…そう、私は思う。




嬉しい、怒り、悲しい、楽しい
決してプラスばかりではないこれらが折りなし混ざり合うからこそ世界はこんなにも鮮やかなのだろう。




「おそらく、彼はここまで計算はしていなかっただろうけれどね。」





増えすぎた人類、闇に生きる我々
飽和しきったこの世界で花子の様に考えるのも頭から否定することは出来ない。




けれど、どうか忘れないでいて欲しい。
この感情というモノがどれほど我々に色を与えているかと言う事を。
そしてついでに私をひとりぼっちから救い出してくれているという事を。




「結局最後は自分本位の話で終わってしまったな。」



「?どうしたの?カールハインツ。」



「なんでもないよ。ホラ、お茶のおかわりはいかがかな?」



目の前の感情の塊が首を傾げたので少しばかり誤魔化してお茶を継ぎ足す。
そうだよ、結局私も神もそんな崇高な考えなんて持ってやしない。





我々の答えはいつだって単純で愚かでそして下らない。



戻る


ALICE+