悲劇の脇役
右手に抱き枕、
左手に携帯、
ベッドの上でこうして貴方の声を聴くのが日課になったのはいつからだろう。
「ふーん…今日も喧嘩しちゃったんだ。」
『もうあんな奴知らねぇ』
「そんな嘘つかないでよ。」
小さく笑ってノイズ越しの彼に少しばかりのお説教。
彼には最愛がいる。
けれど、不器用なのかいつだってすれ違って互いに傷付き苦しんでいるようで…
何をきっかけにこうなったかはもう覚えていないけれど、その度に彼は私にこうして電話を掛けてくる。
「スバルは、その子が好きだから怒ってるんでしょう?」
『……もうあんな奴好きじゃねぇし。』
「……嘘つき、」
『……いいんだよ、あんな奴。花子がいるし、』
意地になりすぎるといつだって彼は…スバルは「私がいるからいい」と言う。
その度に少しばかり跳ね上がる心臓の音を本人に聞かせてやりたい。
……そんな事、心の奥では思ってもないくせに。
もう一度小さく笑って静かに息を吸った。
「ねぇスバル、意地張ってもいいことないよ?あの子…取られちゃうよ?」
『…………知らねぇ。』
電話越しに何とか宥めようとしても今日はどうやら難しいようで
頑なに自身から行動を起こそうとはしないスバルに目を細める。
右手の抱き枕を強く、強く…抱きしめた。
「知らないならこうして私に泣きついてこないでしょう?」
『ば…っ!泣きついてねぇよ!!馬鹿花子!!』
「ねぇスバル、愛してるんだからちゃんと素直にならなきゃ。じゃなきゃ、………、」
は、と…我に返って途中で言葉を飲み込んだ。
間の悪い静寂にドクリと、今日一番大きく心臓が跳ね上がる。
『………花子?』
「………なんでもないよ。ホラ、明日ちゃんとスバルから謝んなさいよ。」
『だからなんで俺が…っ!』
「スバル、」
少しだけ…少しだけ大きな声で彼の名を呼んだ。
今、私の状態を見たらスバルはどう思うだろうか。
そんな事を頭の隅でぼんやりと考えながら最後の言葉。
「ねぇ、素直になって?」
『………、わかった。』
いつだって彼が欲しいのはこの言葉。
本当はいつだって彼の中で決まっているはずだ。
けれどきっかけがほしい…それだけの為にこうしてスバルは私に電話をかけてくる。
背中を押してくれる人なら別に私じゃなくても構わない。
…わかってる。
分かってるけれどそれでも、
私は今までこの役割を誰にも譲ろうとはしなかった。
『花子、いつもわりぃな。…これで終わりにするから。』
「……………、ん。」
少し清々しい声色で私へ告げたスバルはご機嫌で終話ボタンを押したようで
未だに携帯を耳に当てている私には「ツーツー」と無機質な音が脳内を支配している。
「…………、」
数分後、ようやく自分も携帯を耳から離し、ゆるりとベッドから降りてゴミ箱へ向かう。
ゴトリ、
先ほどまで手に持っていた携帯はあっさり不要なものを掻き集めるそれへと吸い込まれてしまった。
…だってこの携帯にはスバルの電話番号以外入っていないのだ。
「おしあわせに、」
ぽつりと独りきりで呟いた言葉をすくってくれる人なんていない。
知ってた。今日が最後になるって事…
だってスバルが最愛に誓いの指輪を購入する所、偶然だけれど見てしまっていたから。
恐らく今回のものがスバルと彼女の「恋人」として最後の喧嘩だったのだろう。
どうせ不器用なスバルの事だ、プロポーズがうまくいかなかったとかそんな感じに違いない。
「……こんなにもわかる、のに」
ベッドを降りるときに抱き枕を手放した手をじっと見つめる。
力を入れすぎて割れてしまった爪が痛々しい…酷くボロボロだ。
「スバルは知らないんだろうなぁ…」
私がどんな思いで何も文句を言わず彼の意地を和らげていたのか…
そっと背中を押してやったのか…なんて、
誰にでもできる役割を頑なに譲ろうとしなかった理由なんて。
「ああ、今日は…泣こうか、」
震える声で呟いたけれど、悲しいことに涙が出ない。
嗚呼、いつも泣くのを我慢していたから本格的に泣き方を忘れたようだ。
「スバル……すき、だいすき」
辛かった、
悲しかった、
…苦しかった。
大好きな貴方の幸せの為とはいえ、他の女の人との仲直りに利用される日々は私にとって拷問以外の何物でもなかった。
けれど…それでも、それでもそのポジションにしがみついていたのは少しでも貴方の中でトクベツでいたかったから。
「嗚呼、すき…すきだよ、」
ぽつり、ぽつり
恐らく今頃彼は最愛の元へと向かっているのだろう。
失敗したプロポーズをもう一度、私が背中を押したことによって今度こそ成功させるために。
そんな彼を想って「すきでした」と過去形に出来ないのは彼への想いが水になって体の外へと出てくれないからである。
「…いつまで、縛られるのかなぁ。」
二人きりで微笑みあっているであろう彼らを思いながら独りきりで呟いた。
きっと自身の気持ちに素直になった彼はきちんと幸せを手にすることが出来るだろう。
そして…
「ああ、さみしい」
自身の気持ちに素直になれず曲がったトクベツを求めた私の末路は悲劇であり喜劇だ。
もう一度右手にぐっと抱き枕を、
割れた爪から血が滲んで少しだけ汚れてしまった。
そして空っぽになった左手は何も掴む事ができないまま
只々、だらりと投げ出されたまま。
恐らくスバルもそのうち私の存在なんて忘れるだろう。
その忘れた隙間さえ彼の最愛が埋め尽くしてしまう。
けれど私はスバルを忘れることはないだろう…だってこんなにも好きなのだ。
嗚呼、なんて不公平。
…私が少しでも気持ちを打ち明けていれば変わっていただろうか?
いや…きっと変わらない。
世界はそんなに都合よくできていない。
もし、伝えていれば私は彼の中でただの背景の女子と同じになってしまっていただろう。
ならば少しの間でもこうして…歪んではいたけれど彼の中のトクベツでいれた選択に間違いはないのだろう。
背景よりかは脇役でも名前がある方がいいはずだ。
「これでよかった…」
自身に言い聞かせるように呟いた言葉、
嗚呼、誰か…
誰かこの悲劇の脇役に労いの言葉の一つでも恵んではくれないだろうか。
ぽつり
泣き方を忘れた代わりに
少し、空が控えめに泣いた。
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