道化の間違い
貴女はどこまでも優しい人で
それでいてどこまでも弱い人、でした。
「ねぇ花子ちゃん、何か…あったの?」
「んー?何もないよ?大丈夫。」
「………そっか。」
月明かりが照らす窓側で佇んでいた最愛に声を掛ければ
彼女は振り返って微笑んだので、僕もそれに合わせて小さく笑った。
……花子ちゃんが何もないというから赤くなってしまっている目は気付かないふりをした。
「ねぇ花子ちゃん、どうしたの?悲しい事…あったの?」
「ううん、大丈夫だよ?何もない。」
「ふーん……そっか。」
また別の日、屋敷の庭園でひとりポツンと佇んでいた彼女にもう一度声をかけた。
そしたら彼女はまたコチラを振り向いて笑ったので
僕も一緒に静かに笑った。
……彼女が大丈夫だと言うから濡れてしまっている頬は見ないことにした。
「花子ちゃ………」
「ライト君、いつも声をかけてくれてありがとう。貴方は本当にやさしいひとだね。」
「…………、」
また別の日、今度は湖の傍で彼女を見かけたからまた声をかけた。
そうしたらまた彼女は振り返って笑うから…
手に鈍色のナイフを持って笑うから僕は…僕は、
「うん、そっか」
「ありがとう。さようなら。」
彼女がそうしたいんだったらと、またニッコリと笑ってあげた。
鈍い音と吹き出す血液は見ないふりをして…
「………、」
…これでよかったのだろうか。
好きで好きでたまらない花子ちゃんが望むようにしてあげたけれど…
これで…
僕はキチンと君を愛せただろうか。
「花子、ちゃん…」
彼女がつらくて泣いていても気付いてほしくないって笑ったから気付かないふりをした。
彼女がかなしくて泣いていた時も踏み込んでこないでと笑ったから見ないふりをした。
彼女が絶望してナイフを首に突き立てようとした時も止めないでと笑ったから僕はこうして止めなかった。
誰かを愛するという事は
その対象者の望みを出来るだけ叶えてあげることだと、聞いたから。
「………あれ?」
でも、じゃぁ…
どうして…
「う……あ、花子ちゃ……花子ちゃん…うう、」
どうして僕は彼女の亡骸を目の前に崩れ落ちて涙を零しているのだろう。
愛し方は正しかったはずなのに
どうしてこの涙は止まることを知らないのだろう。
「う…うあ……うあああああ」
どうして
どうして僕の胸の中は後悔でいっぱいになってしまっているのだろう。
「花子ちゃん…花子ちゃん!」
どうやら僕は君の愛し方を間違ってしまったようだ。
「あ……置いて逝くなんて、ひどいよ…」
きっと僕の前で笑っていたのは僕に心配を掛けたくなかったからで
本当は縋りたかっただろう…泣きたかっただろう…
けれど僕はそんな彼女の上っ面の願いしか聞き入れてあげれなかった。
彼女の本当の望みは…
「伝えてくれなきゃわからないよ……」
ボロボロと零れる涙は次第に大きくなっていく。
ああ、ごめん…君の本当の願いを叶えてあげる事が出来なくてごめんなさい。
“たすけて”
奥底の言葉を見つけることが出来なかった僕は
本当の意味で最愛の願いを叶える事が出来ず、彼女の薄い言葉だけを信じてしまった滑稽すぎる道化師のよう。
ああ、
嗚呼…
「キチンと愛せなくてごめんね…」
そんな言葉、もう君に届く筈はないのだけれど。
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