試練の山が近いせいだろうか。私がミシディアに住み着いた途端に、少しずつだがアンデッドが集まって来るようになった。
 狂暴性が薄れたこともあり、無闇に人間を襲うわけではない。しかし人間の住処に居候している身、意味もなく魔物を集合させてはゴルベーザ様のお立場をまずくする恐れがある。
 折を見て追い払ってはいるのだが、気づけばまた町の近くで群れを成している。いっそ私が試練の山に移ればあやつらもついてくるはずだ、と話せばユウキが絶対に駄目だと言う。
「ああいうとこはたまに行くからいいんだよ。住むのは絶対ヤダ」
「お前に一緒に来いとは言っていないが」
「何言ってるの。スカルミリョーネが行くなら私もゴルベーザも行くよ」
 ユウキが来るも来ないも勝手にすればいいが、勝手にゴルベーザ様まで巻き込むな。……揃って暮らさねばならん決まりもない、とは思いつつ、ならば私はなぜここに留まっているのかという自問自答から目を逸らす。
 試練の山で暮らすゴルベーザ様とユウキを想像してみた。絶対に嫌だと言いつつ、すぐに馴染みそうな気がしてなんとなく不安な気持ちになった。

 窓の外で徘徊するゾンビーをぼんやりと眺めながら、ユウキは呑気につぶやく。
「まだ誰も襲われてないから大丈夫でしょ」
「襲うなと言ってはあるが、そう信用するものではないぞ」
「まあそれは誰か死んでから考えるとして」
 おい。……今更なのかもしれんが、ユウキの将来が不安になってきた。人間の社会から逸脱しすぎてはいないか?
「せっかくいっぱい集まってるし、この際だから売ってみたらどうかな」
「……何を?」
「だからゾンビーとかを」
 ユウキが指差した先で、目の前にある障害物を避けるという知恵がないゾンビーが岩に頭を押しつけるように突進し続けている。
 売れるものか、あれは。食っても正直まずいんだが。いや、そんな問題ではない。思考力を失い肉体も腐ったモンスターに一体どんな利用価値があるのか。
「骨とか死体なら苛酷な肉体労働に向いてそうだから、レンタル奴隷ってことで」
「……お前やはり人として色々間違っているぞ」
「えー、なんで!」
 普通は身内を奴隷にしろなどと言わんだろう。あれを身内とは言えないかもしれんが、それにしても笑顔で言うことか。

「みんな力持ちだし、疲れるってことないし、怪我しても死んでるから平気じゃん?」
「それはそうだが、もっと倫理的な問題があるだろう……」
 私が言うのもおかしな話だが、あれらは元が人間なのだ。一方的に使役することに抵抗はないのだろうか。
 それでなくともアンデッドを人間なぞに貸すのは、ゴルベーザ様の御命令ならともかく、私にとって何の価値もない者のために労働力として差し出すのは不愉快だ。
「土木作業とか、需要はあるよ。大変な仕事とか危ない場所とか」
 なぜだろう。あまり聞きたくなかった。いくら脳がないとはいえあれらは私を慕って集まった者たちだ。それなりに愛しく思っている。……ユウキがアンデッドたちを雑に扱っていると思うと、何か異常な程に辛かった。
「それにスカルミリョーネが監督するんだから勝手に変な仕事させられたりしないしさ」
「…………」
「ん?」
「私も行くのか?」
「ええ? 当たり前じゃん! 私だって行くよ!」
 見張っていなくて本当に奴隷にされてしまったらどうするのかとユウキは憤る。働きに出してみるのはいいが、他人のものになどさせないと。
「報酬さえ受け取れれば奴らが戻って来なくてもいいのかと思っていた」
「そんなわけないでしょ!」
 こいつなりにアンデッドを思いやってはいたようだ。……正直、安堵した。

「しかし、使い道はあっても魔物を使おうという人間はそうおらんだろう」
「ミシディアには貸してほしそうな人が結構いるよ」
「……」
 何なんだ、この町の人間どもは。ゾンビーが群れをなしていても苦情が来ないと思ったらそんなことを考えていたのか? 分からん奴らだ。
「難しいことはできないけど、畑の世話くらいならゾンビーにだってできるじゃん?」
「食い物をモンスターに任せていいのか……」
「家事まではしなくていいから本読んでる間にごはん持って来てくれるお手伝いさんがほしいな〜、って前から目をつけてたらしいよ」
 揃いも揃って貧乏人のくせに、魔物にギルを払ってまで学びに時間を割きたいのか。もう勉強熱心と言って済むものではないな。このところユウキが急に勉学に励み始めたのも、奴らの影響があるのかもしれない。
「アンデッドが畑作る、私とルビカンテがごはん用意して、部屋まで届けさせる。それ続けてたらそのうち畑譲ってくれる人もいるかもね。宿屋も酒場も出前業やる気はないみたいだし。食を握っちゃえばこっちのもの! 将来的にミシディアの支配者になるのも夢じゃない!!」
 どこで育て方を間違えたんだろう。私が育てたわけではないが。

 そろそろミシディアの者達も学問以外に目を向けるべきだ。このままではユウキが金の亡者になってしまう。こいつに金を与えたら、きっとろくなことに使わない。
「私ねー、お金持ちになったら冷蔵庫買ってすごい大きいアイスクリーム食べたい」
「……そ、そうか」
 目を煌めかせる様を見ていたら色々な意味で悲しくなった。ろくなことではないが、然したる害もなさそうだ。
 ユウキは欲深で身勝手なくせに、妙なところで慎ましい。

 外にいたゾンビーは、転んで向きが変わったおかげで岩から逃れ、再び行く宛てもなく辺りを徘徊している。
 人間なぞにアンデッドを貸すのは不愉快だ。だが、自分で考えるということができないあれらは性質として命令を必要とする。
 かつてゴルベーザ様のために戦ったように、今度はゴルベーザ様の住処を守るために。そういうことなら、案外と悪くはないのかもしれんな。



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