01
since I met you, my life changed completely.
until then, I was such a ghost.
どこか遠い国のお話。それこそ、山も海も、砂漠も越えた先にあるような、名も知らない小さな国での出来事。町の中心に映し出される
思考を停止するのは楽でいい。正義の味方になるのは気持ちがいい。相手がどこの誰かは知らないけれど、安全な場所から正義の鉄槌を振るえるのは快感だ。だから皆、
「そんな奴らは殺してやる。ひとり残らずな……!」
この世全ての悪。町の中心に転映されたその人物を見て、皆鉄槌が振り下ろされることを願う。
その様子を、一人ぼんやりと眺めていた。
「あ、見つけた」
ガサ、と枝をかき分けた奥に見つけたのは、枝や藁などを絡めて形成されたボウル状の小さな魔物の巣だった。中心には真ん丸の卵が3つ置かれており、青と黒のまだら模様という見るからに毒々しい色合いを曝している。親は近くにはいない様子だが、ここまで近くに立ち寄ってしまえばきっともう親がこの卵を温めることはないだろう。
手袋越しに卵を拾い上げ、所持していた袋の中にそっと入れる。これで本日の収集予定だった素材は一通り回収したはずだ。町の近くに存在する森は魔物の群生地となってしまっているため、長居は禁物である。
卵を回収して来た道を引き返すと、先ほどまで小鳥のさえずりしか聞こえることのなかった森がざわざわと騒がしく音を反響させているのが耳に届いた。複数の人間の声や戦闘音が混じっていて、自分以外にもこの森に立ち入ったのだとすぐに分かった。
「……タ! カナタ……!」
悲痛な少女の叫びが耳を打ち、ほぼ反射的にリズは駆け出した。もしも魔物に襲われて怪我をしているのだとしたら、放ってはおけない。幸いにも場所はすぐ近くであったため、一分もかからずに到着することができた。
獣道を抜けた先で、一人の少年が倒れていた。少年の隣で彼と同い年くらいの少女が懸命に治癒術をかけているが、全く効いているようには見えない。彼らとは少し離れた場所でまた別の男二人が魔物を近づけまいと激しい戦闘を繰り広げているが、手数は完全に魔物の方が上だ。あれでは押し切られるのも時間の問題だろう。
「――多分、治癒術じゃ効かないわ。それ」
「!? 貴方、一体……!?」
突然ふらりと現れたリズの姿に少女は警戒心を最大にして見上げるが、リズの方はそんなものお構いなしに少年の容態を見る。鼻と胸に手を当てて息があることを確認すると、すぐに少年の袖を捲って外傷の有無を探った。
「この森、蜂の姿をした魔物がいたでしょ? この子、それに刺されたりした?」
「え、ええ……確かその魔物に刺されて、それから倒れてしまって……」
少女の言葉にリズは「やっぱりね」と呟くと、最後少年の右手を確認する。確かに、少年の右手首付近に針が刺さったような跡が残されていた。おそらくこれが魔物に刺された時の傷だろう。
「この森に出る蜂の姿をした魔物、毒を持っているの。普通は意識がなくなるほどまではいかないんだけど、多分耐性が無かったんでしょうね」
「そんな……それじゃあ、カナタは……!」
「大丈夫。必ず助けるわ」
リズはそう宣言し持っていたポーチの中を探すと、中から薬品の入った試験管を一本取り出した。コルクを外し、迷うことなく少年の口の中へと中身を注ぐ。
「……それは、何?」
「私が調合した薬。パナシーアボトルほど万能ではないけど、この毒なら十分中和できるはず」
少年の喉が微かに上下し、少女が少年の名を呼んだ。しかし薬が効くにはもう暫くの時間が必要であり、完全に意識が戻るのはその後だろう。
「とりあえず、どこか落ち着ける場所で休ませないと治るものも治らないわ。ひとまずここを離れよう」
「おいおい、離れるっつってもご新規さんがわんさか湧いてきやがるのにどう離れりゃいいんだ?」
「こうするの!」
双銃を構える黒衣の男が魔物を見据えつつそう叫んだが、同時にリズもポーチの中から瓶を一本掴み駆け出した。丸腰の女が一人魔物の群れに突っ込んでいく光景に槍を構えた騎士の男は引き留めようと手を伸ばすが一足遅く、その手がリズに触れることはない。
魔物と対峙すると、リズは瓶を地面に叩きつけて割った。直後、瓶の破片の間からもくもくと煙が上がって徐々に視界を白く染め上げる。
「なんだ……煙……!?」
「魔物避けの煙幕よ。暫くはこっちに来れないと思うから、その間にここを抜けましょう。ほら、そっちのお兄さんはあの少年担いで!」
「ったく、しょーがねーなぁ」
大量にいた魔物は今では完全に煙の中に取り込まれてしまい姿も見えない。念のためと黒衣の男は何発か銃を撃ち込み、すぐに少年を小脇に抱えて走り出した。病人を運ぶ方法としては相応しくないが、煙幕の持続時間を考えるといちいち持ち直すよう指摘している余裕はない。
リズも放り投げていたポーチを引っ掴み、「こっち!」と先頭を切って走っていく。それなりに通っている分森の大体の構造は頭に入っており、なるべく魔物に遭遇しないルートを選ぶのは容易な事であった。それでも襲い掛かる魔物は少女と騎士の男が薙ぎ払い、どうにか森を抜ける。
陰鬱な森を出て街道の土を踏むと、木陰を探してそこに少年を寝かせた。森の中の魔物は街道には出てこないため、ひとまずここまで来れば襲われる心配はない。
「……うん。熱もそんなに高くないし、呼吸異常や脈不全もない。暫く寝て体力を回復させれば、問題はないと思うわ」
「本当……!?」
「うん、本当」
少年の無事に安堵した少女はほっと肩を下ろし少年の手を握る。よほど親しい間柄なのだろう、彼が毒に侵されていると知った時の顔はこの世の終わりとも言えそうな顔であったが、今ではすっかり緊張感を解いてしまっている。
「……俺たちの仲間を治療してくれたこと、礼を言う」
少年たちの姿を見ていたリズに話しかけたのは、騎士の装いに身を包んだ青年だった。
「俺はイージス・アルヴァ。こっちはヴィシャスとミゼラ、そして今君が治療を施したのがカナタだ。失礼だが、君は……?」
「ああ、ごめんなさい。自己紹介なんてしてる余裕なかったものね。私はリズ・エインズワース。この先にある町で、医者をしている者です」
「医者……」
医者だと名乗るリズに、イージスは若干目を見開いた。それもその筈、こんな辺境の町にこんなに若い医師がいるなど珍しいにも程がある。
リズの外見年齢はイージスとさほど変わらない。成人してしてもおかしくはないが間違いなく20代前半には収まるだろうといった顔立ちで、医師を名乗るにしても精々都市部で研修医をしているくらいの年齢だろう。
だがリズは己を医師だと名乗り、見事カナタの毒を治療してみせた。実力があるのは確かだが、そうなると"なぜこんな場所に?"という疑問が湧き上がってくるのは至極当然の反応である。
「それで、彼のことなんだけど……」
「カナタが、何……?」
「えっと……医師としての勧告です。彼、最低でも2日は町で休ませた方が良いと思うの」
町という単語に、ミゼラとイージスの肩が微かに跳ねた。リズは彼女らの異変に気づきつつも、答えづらそうに言葉を濁しながら続けた。
「その、私が彼に処方した薬。毒消しの効果は信じていいわ。ただ……」
「ただ、何だ?」
「……副作用が、あって」
ミゼラ、イージス、ヴィシャスの三名の視線が一斉にリズに突き刺さる。リズはふい、と目を逸らし、両手の指先を合わせてぐにぐにと弄りつつ三人から発せられる無言の圧に耐えた。
「……一応聞くが。副作用の存在は知っていたか?」
「……はい」
「それについて、服用する前にミゼラに説明したか?」
「…………………してない、です」
「……医者が説明義務を放棄するな!」
イージスの尋問の果ての叱責に今度はリズが肩を跳ね上げる番であった。
医師には、必ず患者への治療を本人もしくはその縁者に説明する義務が存在する。これは医療に携わる者全ての基本であり、一切の説明をせずに処置をすることは絶対にあり得ない。都市部の病院で発覚しようものなら大事件にまで発展するだろう。最悪の場合、不十分な説明で患者を死に追いやろうとしたとビジョンオーブに転映される可能性だってある。
「副作用ってどういうこと? 貴方、カナタに何を……!」
「だ、大丈夫! そこまで大きな害になったり、後遺症が残るようなものじゃないから!」
「なら一体何なんだ。絶対安静を進めるということは、行動の支障にはなるんだろう?」
「……軽度の幻覚作用。でも大半の場合は悪夢を見たりとかその程度。微熱も少し……ある、かも?」
「”かも”とは何だ”かも”とは!」
わいわい、ぎゃあぎゃあ。ミゼラとイージスの集中砲火をリズは全身に浴びている最中、ヴィシャスだけは一歩引いた様子で眺めていた。そして数秒ほど間を置いてピンと来たと言わんばかりに「はん……?」と口角を吊り上げ、大層愉快そうに瞳を歪ませる。
「
「っ……………………」
ヴィシャスの確信を持った指摘に、リズは言葉を詰まらせた。今回に至ってはヴィシャスへの殺意よりもリズへの不信感が勝ったミゼラが「まさかあの薬に何か……」と敵意をむき出しにするが、「待った待った、落ち着いてってば!」と”降参”の意を示すように両手を顔の高さまで掲げる。
「はあ……悪かったわ。別に悪意があったわけじゃないんだけど……そうね。疑われるようなことをしたのは、ごめんなさい」
「……カナタに飲ませた薬に怪しい点は無いと、信じていいんだな?」
「ええ。誓って、私は患者を殺したりはしない」
リズの宝玉のような瞳が、イージスの琥珀色の双眸を真っ直ぐに射抜く。
イージスは騎士として、これまで何人もの罪人と顔を合わせてきた。嘘をついている人間、隠し事をしている人間、良からぬことを企んでいる人間の見分けはすぐにつく……が、この女はどうにもその中の誰とも一致しない。むしろその正反対、真実を語っている目であった。
「……なら、ヴィシャスの言ってた嘘って?」
「その…………私、免許持ってなくて」
「!? それは、つまり……」
「
ヴィシャスの口から飛び出した闇医者というワードに、リズは反論できなかった。闇医者の定義は曖昧だが、国家試験に合格することなく他人に医療行為を施している点ではそう言われても致し方ない。少なくとも、堂々と医者を名乗ってはいけない身分なのだから。
「……そうよ。私がしているのは、立派な違法行為。でも私が彼に施した医療行為は、決して彼の命を蝕もうとするものじゃない。でも……もしも私を犯罪者として捕らえようとするのなら、その時は……」
「……その時は?」
「……私は、あなたたち全員を倒してでも抵抗する」
この言葉も、きっと嘘ではない。イージスの直感はそう告げていた。もしもイージス達がこの場でリズの身柄を確保しようものなら、彼女は言葉通り全力で抵抗をするのだろう。先ほどの様子を見て、リズは直接的な戦闘は不得意なはずだ。仮に戦闘になったとしても確実に自分が負けると百も承知の上だった。
「……分かった。ひとまず、君を信用する」
「……騎士様は、それでいいの?」
「俺はもう騎士じゃない。君を捕らえる権限などないからな」
その騎士の装いで騎士ではないとはどういうことかと疑問は沸いたが、一時的でも信用してくれる相手に対し詮索をするのは失礼だと口を閉じた。一瞬だけイージスの視線が地面に落ちたことから、並々ならぬ事情はあるのだろう。
「私は、カナタを助けられるのなら文句はないわ。ただし、もしもカナタの身に何かあったら、私は貴女を許さない」
「……分かったわ。肝に命じます」
ミゼラからの圧は少々苦しかったが、まあ自分の親しい人物を闇医者に任せるなど安心できるはずもない。これは彼女の左手の炎が自分の身を焼かないように注意を払わなければならないなと自戒する。
「貴方は、異論はないの?」
「ま、オレもガキ一人背負ったまま山越えんのは勘弁だったし? 適当な場所で休めるならそれに越したことはねぇよ」
「……そう。それならそれでいいんだけど」
この中で最も体格が良いのはヴィシャスだ。ミゼラやリズの女性陣ではカナタを運ぶことはできない上に、イージスとヴィシャスに限定されるのであれば必然的にヴィシャスが運んだ方が効率が良い。カナタの様子を見るに、目を覚ますまでにはもう暫くの時間を要するだろう。
「なら、決まりね。町までの道中は魔物が出るけど、森の中よりは脅威じゃないから安心していいわ。あと……」
リズが言葉を区切って向き直る。
「町へ入るときは、必ず顔を隠してほしいの」