七月と夜光虫、午前零時の逃避行
荷造りをした。そう、大したものではないけれど。
たすき掛けできる程度の大きさのポシェットに、小腹が空いた時にいつでも食べられるようにパンを入れた。何故なら空腹は敵だから。いつだって、お腹は減っていないのが一番だ。
あと、この世界は人工的な光源以外がどうにも不足しがちなので、いつでも辺りを照らせるようにランプを。何かと便利だし、ナイフも入れておこう。
なんて。
「もしかして、天空の城にでも行く気です?」
「さぁ出かけよう、一切れのパン。ナイフ、ランプ、鞄に詰め込んで……」
勝手に部屋の中に入り込んでいた少女を振り返って、レイチェルはいつか聞いた歌を口遊んだ。
これは不朽の名作だから! この監督のアニメーション作品は外れがないから! そんなことを言った少女たちに誘われて、映画鑑賞会をしたのは一体いつのことだっただろう。
「アスティも、やっぱり覚えてたか?」
「そりゃまぁ、面白い話でしたし」
物語だと知っているのに真剣に見つめ、結末を追った果てに流れたこの歌は、そうやって記憶に刻まれた。
少年と少女。その懸命な冒険に携えるのはパンとナイフとランプ、そして心に宿した小さな勇気の灯火。それだけで十分なのだと。
「それで、レイチェルさんはどこに行く予定なんです? 勝手にいなくなったら、皇子が大騒ぎしちゃいますよー」
「リィには他の従者がついてるし、私が多少出かけたって困ることはないよ」
「や、そういう意味じゃないんですけど。……ま、いいや」
「相も変わらず鈍い……」なんてぼやいて肩を竦めるアスティに首を傾げる。だって今日は非番の日だから、緊急事態がない限りは問題ないはずだし、と鞄を身体に引っ掛けた。必要最低限、それでも十分な重みが肩に食い込む。
じ、と見つめてきた灰色の瞳に、レイチェルはもう一度──今度は恣意的に首を傾げて微笑んだ。なぁアスティ。そう、まるで悪事を唆す悪魔のような気持ちで。
「一緒に探しに行ってみないか? 空に浮かぶお城よりも荒唐無稽な、夢物語の扉を」
否、それは“悪事”ではなかったとしても、確かな悪魔の囁きだったのだろう。
叶うかも分からない空虚を、雲を掴むような徒労を、希望だなんて無形の甘い蜜で包んでコーティングして、さぁお一ついかがと差し出した。さながら、禁断の果実のように。
溜息を吐いたアスティが、目を伏せる。頬に影を落とした睫毛は少し震えて、それでも躊躇いを含むこともなく開かれる。
彼女は応えた。
「いいですよ、今日は私もちょうど非番ですし。レイチェルさんが変なことしないよう、“貴方の恋人さん”の代わりに見張っときます!」
素直じゃないなぁ。夢を見た少女に微笑みながら、レイチェルは鞄にもう一切れ、アスティの分のパンを詰めたのだった。
世界を侵食しようとする悪意に抗おうとした運命は、二つを繋ぎそのあわいを曖昧に溶かしていた。その鍵が混ざり合った世界が生み出す“絆”にあることを、予見するかのように。
そうして魔界と人間界── 本来ならば交わるはずもない二つの世界は、閉ざされた因果の中に交差した。
歴史の中ではたった一瞬、されど一瞬。縁は確かに交わり結ばれ一つの綺麗な蝶を模る。端を引くとそれはするりと解け、糸は歪な型すら付かぬまま離れてしまった。
けれど結び目は、あまりに強い光に焼かれたその場所は、一部を残してすっかり日に焼けて色を変えていたのだ。
だから少し、探してみたくなってしまった。夢を、希望を。願わくはもう一度、身を焼いた眩いばかりの光の世界を見たいと。もう一度、彼女たちと会いたいのだ、と。
「けど、そんな当てあるんですか? 魔界と人間界を繋ぐ方法なんて」
「特にないけど」
「言い切っちゃったよこの人」
当てなどあるはずがない。けれど、巷でまことしやかに囁かれる怪談や都市伝説はいくらか調べてきた。
150年の歴史を持つ高級ホテルの地下にある鏡が異世界に繋がっているだとか、とある古物店でずっと売れ残っているタンスは中に入った子供が行方不明になった曰く付きの代物だとか、深夜4時44分の無人駅にはあの世行きの列車が停まるのだとか……
「……いや、最後ダメじゃん。あの世って言っちゃってるし」
「“あの”人間の“世”の中、の省略形って可能性もあるかなと」
「いや、ないでしょ」
ばっさり。見事に切り捨てられた。辛い。
「まぁでも確かに、この世界の都市伝説って割と伝説じゃないことがありますもんね」
「うん。だから、その辺りを回っていったら、当たりがあるかもしれないと思って」
まさに手当たり次第だ。世界には一体どれほどの不思議な噂話があるのだろうか。それを虱潰しだなんて、時間が幾らあっても足りはしない。別にそのことを理解していないわけではないけれど。
「そういえば、レイチェルさんは皇子と一緒に学校にも通ってたんでしたっけ」
唐突な質問だった。曰く、「今日一日だけじゃ見つからないんだろうな」からの「明日は仕事だもんな」からの「学校は土日祝休みって言ってたな」からの「そういえば」らしい。
「うん、通ってたな。しっかり土日祝日休みだった」
「はー、いいですよね。だって私達って割と年中無休じゃないですか?」
「……アスティ。私が誰と一緒に人間界に行ったか、分かってるか?」
「あ」
リィン皇子の同行者である以上、学校は休みでも護衛の任務は年中無休なのである。
それに加えて成り行きで魔法少女になんてなっていたのだから、もうパニックだ。過労死ラインはきっと軽く踏み越えている。
「とはいえ、学校での生活は授業以外は楽しかったし、いいんだけど」
学校時間の7割は授業だ……というのは、まぁ気にしないということで。
「休み時間とか、昼ご飯の時とか……あと、放課後にみんなでカフェに行ったりとかしてさ」
「カフェなら私達も行きましたよ! ユウナとミュゼの学校終わりに、皆で待ち合わせて!」
言葉を交わしながら踏み出した魔界の街並みは、見慣れた古めかしいものだった。どこまでも続く石畳、灰色の石造りの建物は遠くまで建ち並び、精巧に彫られた壁の装飾が高く広がる紫の空に染められて、神秘的に輝いている。
魔界では、太陽は昇らないし沈みもしない。いつだって──たまに雨が降る時には曇るけれど──澄んだ紫がレイチェル達の唯一だった。
人間界には、朝がある。昼があって、夜がある。太陽が昇り沈んで、月が昇って沈む。空は何度も何度も色を変え、その度に目を奪われた。
街の様子も全然違う。例えば、立ち寄る店のほとんどは大きなガラスの窓を道へ向けて取り付けており、それは存外開放感と、陽光を吸い込み拡散させる効果を生み出していた。地面はなだらかなコンクリートで均されて、大きな通りでは車やバイクが多く行き交うのだ。
そういえば服装だって、全然違う。今まさにレイチェルやアスティが着ているような服を見て、アリサらは「まるで物語の衣装みたいだ」と言っていた。
レイチェル達は、彼女らの服装こそが物珍しいと感じていたのに。
「クレープの買い食いとかもすごく楽しかったなぁ。ミュゼが経営してるショッピングモールに雑誌にも載った有名なお店があって、しょっちゅう4人で行ったんですよ」
「なにそれ聞いてない……私も行ってみたかった……」
初めて足を運んだ日、ユウナはイチゴとカスタード、アルティナはチョコとバナナ、ミュゼはブルーベリーとマスカルポーネを注文したという。聞いているだけで美味しそうだ。
一方のアスティはお腹に溜まりそうだからという理由から、ウインナーソーセージやらツナが入ったおかず系クレープを選択し、皆に大層なバッシングを受けたのだとか。
結局は皆で一口ずつ分け合ったけど、とアスティは笑う。おかず系クレープも案外美味しいと好評ではあったらしい。
「魔界にはクレープないよなぁ。ホットプレートが無いから……」
「良い感じに代用品で作れたりしません? 鎧の中で火を焚いてみたりして」
「それ、すごく良いアイデアだと思う」
帰ったらデュバリィを追い剥ごうか。いいですねそれ。どちらもが冗談と本気を半々に織り交ぜたお陰で、恐らく今頃デュバリィはくしゃみをしていることだろう。
──別に決して、魔界が嫌というわけではないのだ。
慣れ親しんだ土地は、むしろ戻ってきた時にあまりにも懐かしかった。その場所が長らく混沌の中にあったからこそ。平穏が、余計に胸に染みた。
だからこの焦がれる気持ちは、ただただ物珍しさに狂わされたが故の愁いだ。平和を取り戻したからこそ、欲が出てしまったのだ。多分。
ホテルの鏡は2人の姿を綺麗にはっきり映し出し、タンスは軋んだ扉の音がいかにもという雰囲気ではあったが入ってみたところで何が起こるわけもなかった。他にもエトセトラ、エトセトラ。
昼食を終え、エトセトラ。三時のおやつと、エトセトラ。エトセトラ。
思いつく限りの様々な場所を歩き回っているうちに、見つめた時計の針はいつしか17時を指し示す頃になっていた。もうこんな時間か、と顔を見合わせる。
そしてなお、2人は次の目的地へと足を向けるのだ。並べた噂話の一、黄昏時に神秘の森の奥地にある泉に飛び込むと異世界への扉が開く──なんて、そんな伝説があったような気がすると話したりしながら。
「ちなみにその泉、私の実家の近所なんだよな」
「え、そうなんです? じゃあその伝説についてもよく知ってる感じなんですね」
「さぁ。私は噂で聞いただけだから……」
「それ、もうガセネタ確定じゃないですかね」
あまりにも冷静に突っ込まれてしまうと、確かにそんな気がしてきた。
けれどまぁ、昨日泉で蛙の卵が孵ったことも聞き及んでいるレイチェルにだって、知らないことがあるかもしれない。皇子付きの水の魔術師様だって万能じゃないのだ。
森の中、生い茂った葉は人間界の優しげな緑色とは違い、赤や青や紫などの色も落とし込んだ毒々しさすらも感じるほどの彩りを宿している。
昏い空すら覆う木々の翳りを照らすために、レイチェルは鞄の中からランプを取り出すとマッチで火を灯した。ほんの小さな蝋燭の明かりは、たちまち2人の眼前を照らす。あたかも小さな希望がそこにあるかのように。
「たくさーんの灯がー、懐かーしいのーは、あのーどれーかひとーつにー、君がいるーかーらー」
「今は一つしかないけどな」
「歌ってるだけですから突っ込まないでください!」
人間界には、無数の灯火があった。火、というよりはもっと文明が進んだことで生まれた明かりで、あの世界は夜があっても闇など存在しないとばかりに、いつだって光に照らされていた。
それが良いことなのかは分からない。けれど、元から暗い場所で生きていたレイチェルらには、中々に慣れないものだったなと思うのだ。
2人で交互に歌を口遊びながら草を踏み、転がっている石を数えた。そうやって辿り着くときには予定と違わず、取り出した懐中時計が18時を告げていた。
といっても、あの世界の夕暮れと違って空には何の変化もない。なのに何故だか人間界での日暮れは魔界でも昼と夜との境だとされていて、一日の活動を終えた人々が休息を取るべく用いる時間の目安となっているのだから、不思議なものだ。
こんな共通点があるなんて、きっと太古から二つの世界はある程度の繋がりを有していたに違いない──なんて勝手に話した考察は、思った以上に2人の願望を含んだものだった。
眼前が拓ける。件の泉が見えた。
流石に人間界と水の色まで違うことはなかったので、そこに満たされた清水は、いつか戦闘後に皆で行ったりなんかした銭湯を少し思い出させた。
「えーと。ここに飛び込むんでしたっけ?」
「らしいな。じゃ、行くか」
「え? う、わああ?!」
アスティの手を引いて、バシャン、と。大袈裟なまでの水飛沫が、舞い上がり弧を描いて、波打つ水面に新たな波紋を刻んで消える。
勢いに呑み込まれ、身体は沈む。最初こそ声に驚きを滲ませていたアスティは流石と言ったところか、既にすっかりと落ち着いた様子で水中に身を任せていた。
ふわりと漂う中で、何の変哲もない水底が見えた。苔の生えた石とか、群れて泳ぐ魚とか、そういうものがくぐもった音の中で静かに見えていた。
やがて浮力が重力にも引力にも推進力にも打ち勝った頃、2人の身体は水面へと戻された。水に濡れた赤髪をぐいと両手で後ろに撫で付けながら、アスティは大きく息を吸い込む。
「飛び込むならもう少し準備させて欲しかったんですけどー! 息吸う暇もなかったじゃないですか!」
「こういうのは、思い切りが大事だからな」
「熱湯風呂じゃないんだから思いきらなくても平気ですって」
熱湯風呂でもなければ、異世界に続く不思議な泉、ですらもなかったのだが。
ずぶ濡れ〜と肌に張り付く服を指の先で引っ張るアスティの姿に、こういう時に水着があればいいのか、と人間界の文化を更に一つ思い返した。
別に特段互いに読心術を身に付けているわけでもないのに、目の前の彼女もレイチェルと全く同じことを考えていたようだった。そういえば、と声を上げた理由はきっとそこから繋がった連想だ。
「海にも行きたいって話、してましたよね」
「そうだな。次の夏は皆で行けたらいいなって」
こういう池や川なら遊ぶ機会も多かったけれど、海というものにわざわざ娯楽として足を運ぶなんて魔界の遊びとしては存在していなかった。
そう聞いた彼女らが「じゃあ」と言ったのだ。次の夏休みは、皆で海に行こうと。
まずは数日前に水着を買う。ショッピングモールなら当然多く揃えてあるから、似合うものがきっと見つかるはずだと。
そして当日、待ち合わせをして皆でバスに乗ったなら、30分ほどで町の小さな海水浴場に到着するのだという。海は青天を映し出してどこまでも青く遠くに広がって、波はキラキラと宝石のように輝いて。じりじりと焼け付く熱は、涼やかな水に馴染んで消えていくのだろう。
「結局、行けませんでしたね」
「こうやって突然帰ることになるなんて、思ってなかったもんな」
目を背けていたのだ。別れの時など来ることはないと。そしてもしその日が来たとしても、沢山の楽しい想い出を作って、笑顔で、心残りもなく手を振ることができるのだと信じていた。
想い出ならたくさんできた。それでも足りず、どんどんと貪欲になる。心残りなく、なんて、そんなことが成るはずもないと、あの時のレイチェル達は知りもしなかったのだ。
まるで手慰みのように、アスティが手で水を掬う。そして唐突に、あまりに雑に、レイチェルを目掛けてその器を勢いよく傾けた。零れた水は大人しく泉に戻ることなく、レイチェルの前髪の生え際あたりに直撃して、顔中を流れて濡らしていく。
「えっ、えっ? 突然」
「海じゃないですけど、せっかくなんで水遊びします?」
「仕掛けてから尋ねるスタイルなのか、なるほど」
誘われたからには乗らないわけにいくまい。良いだろう、と頷いたレイチェルは掌で水面を思い切り掻いて目の前の少女に飛沫を浴びせる。きゃー! と楽しげな悲鳴が水面が立つ音に混ざって、他には誰も居ない森の中に響いていた。
止める者も居ないからその応戦はしばらくの間続いて、どちらともなく疲れて手を止めたことでようやく終わりを告げた。なんだかんだで楽しかった、のは楽しかった。結構笑ったし、割とムキになったし、良い運動にもなった。
けれどやっぱり、もう少し大人数でこうやって騒ぎたかったな、と。心の隅で呟いてしまう自分にだって、嘘は吐けないのだ。
泉からよいしょと上がったレイチェルとアスティは、互いの服の酷い有様に顔を顰めながらも笑った。なおもボタボタと服と髪の先からは雫が滴って足元の草に、余るほどの水分を与えている。
ふとアスティが目を止めたのは、レイチェルがかけていたポシェットだった。鞄ごと勢い余って水に飛び込んでしまったせいで、外も中身も何もかもがびちょびちょに濡れて……
「……レイチェルさん」
「……すっごく忘れてた」
さぁ出かけよう、と何より先に放り込むはずの一切れのパン達は、水分を含んですっかりと原型をとどめない小麦を固めた何某かに変化を遂げていた。
卵と牛乳に浸してあったなら心躍る代物であるはずなのに、これは、なんというか。どうしたものか。
有様を見つめ、そして顔を見合わせる。とはいえ、この場にいるのがどちらもが食糧は無駄にしない主義でいる以上、“どう”したものかの回答など分かりきったものなのだけど。
「すーっかり遅くなっちゃいましたね」
時計を確認したアスティが、石畳を踏みながら息を吐く。森から街へと戻ってきた2人は、既に煌魔城への帰路についていた。大きな城は、歩みを進めるにつれてどんどんと近付いてくる。
非日常を求めた日常が、住処と職場の形を取って迫ってくる。そう考えるとなんだか嫌になりそうだが、まぁそう嫌悪するような職についているわけでもなし、問題はなかった。
「リィン皇子、きっと心配しまくってたんだろうなー……それをクロウが一日中宥めてたんだろうなー……」
「何の話だ?」
「……これ、まさか私が2人に怒られるパターンじゃ」
「何の話だ??」
ぶつくさと言う彼女に、レイチェルは本日何度目かで首を傾げた。よく分からないが怒られるらしいが……その時はしっかり、身を挺して庇ってやることにしよう。なんせ、付き合わせたのはこちらの方なのだから。
「こんな時間までありがとな、アスティ」
「いーえ。別に大丈夫ですよ、それなりの息抜きにもなりましたし」
街並みを抜け、宮殿へと続く広場へと出る。城門がすぐ向こうに見えた。薄雲が、ふとかの城に懸かる。
アスティが「そういえば」と呟いた。
「このお城にも、そういうノリの都市伝説がありましたよね。遠距離恋愛中の恋人たちが、煌魔城に背を向けて地面を見てみると……」
「と?」
「そこには会いたい人の影が映ってる! みたいな」
まぁ多分、妄想とか勘違いとかでしょうけど。と、アスティはなんだか現実的なことを言って話を締めくくった。
確かに影なんて、形を容易に変えるものだ。長く伸びたり、足元だけに広がる小さなものに収まったり。照明の数によっては1人につき3本、4本とだって現れてくる。
そんな不定形に、かの人の面影を見る──というのは、まるで夢に出てきたものを都合よく再会と解釈するのに似ている気もするが。
「折角だし、やってみるか?」
「うーん。なんか、これが上手く行ったりしたら、出来すぎって感じしてきますけど」
「まぁ、そんな奇跡とかがあっても良いんじゃないか?」
解決の難しい状況は偶然と運命の巡り合わせで解決するのが、大抵の物語のセオリーなのだ。かの冒険物語の結末が少年達の勇気と願いに世界が応えた奇跡ならば、まるで傷心旅行のような小さな伝説巡りの旅だって希望のうちに終わっても良いではないか。
ほら、あの歌だって「いつかきっと出会う」なんて楽し気な言葉で締めくくられているのだし。
隣のアスティの肩を掴んで、レイチェルはくるりと振り返らせた。進行方向とは逆。城に背を向けて、レイチェル自身も彼女の横に立つ。
広場の街灯が後頭部を見下ろす。2人の影が足元からすらり、遠くに伸びていく。ほっそり華奢な2人の少女の影だった。
「ま、ま、ま、まさかエマ! 胸が縮んで」
「……いや、これはどこからどう見ても私達の影でしょ」
「だよな……」
肉付きの悪さについては折り紙付きのレイチェルとアスティのコンビなわけで、あのグラマー集団とはどう見ても、どう考えても、似ても似つかない。自分でそう判断して、少しだけ胸元が寂しくなった。
「ま、そう上手いようには出来てないですよね、現実って。元気出してくださいよ」
「年下に宥められた……」
「また次に非番が被った時は付き合いますし! 今度は私も色々とネタ仕入れときます!」
元から長期戦は覚悟していたわけだから、いいか。
そう息を吐いていると、城の方から声が聞こえた。
「お2人とも、私を置いて何をしてるんですか」
「あ、アルティナだ」
「自分達だけ非番というのを良いことに……お陰でリィン皇子がグズグズうるさくて大変だったんですが」
じっとりと睨みつけてくるアルティナに思わず肩を竦めてしまった。いや、わざわざ「私たち出掛けてくるから仕事頑張って!」と声を掛けるのもどうかと思った結果なのだが。
ううん、申し訳ないことをした。リィンがなんでうるさかったのかはよく分からないけれど、まぁ申し訳ないことをした。
こちらに歩いてくるアルティナを見ているうちに、薄雲は晴れていた。いつでも眩い明かりが灯った煌魔城に、目を細めてみたりする。魔の頂きにある城がこんな光に満ちているなんて、中々に皮肉が効いていて面白いではないか。
「あっ」
不意に、アスティが声を上げた。なんだ、とレイチェルとアルティナが首を傾げた。
彼女の瞳は地面を捉えていた。煌魔城からの明かりに照らされて、一層濃く伸びた影。ああ、その数が、2でも3でもいっそ倍の4でも6でもなく不自然なまでの“5”であったなら──
思った以上に世界は幸せな物語に満ちているのだと。
2人は、かの冒険譚に想いを馳せるのだ。
「鏡の国のアリア」九様よりいただきました。ありがとうございます。