「ケーキを焼こうと、したんです」
場所が場所なら、マルタは罪を語る咎人で、タルタリヤは自白を全て聞き出す審問官だ。けれどここは冷淡な取調室でも何でもなければ、ただの璃月家屋の一室である。もっと言えば、旅人が所持している塵歌壺の中だ。
川のせせらぎと鳥の囀りが外からセッションを奏でる中、タルタリヤとマルタは向かい合って着席していた。両者の神妙な視線は、中間に置いてある拳ひとつ分の炭の塊に向けられて。
「君が一体何を作ろうとしてダークマターを生成したのかは理解したよ。今までステーキもスイートフラワー焼きもハニーソテーも全敗してきた君が、どうしていきなりケーキに挑んだのかは未だに分からないけど」
「うぅ……」
日常的に炎を使うマルタだが、タルタリヤは彼女以上に火の扱いが下手くそな人間を見たことがなかった。焼き料理は基本的に炭になり、ちょっと焚き火を起こしてと頼めばキャンプファイヤーを作るような人間だ。誰がここまでやれと言ったと言わんばかりの火力を自分で出しておきながらあたふたとしているので、その調整役は大抵水元素を使えるタルタリヤに回ってくる。言っておくが、タルタリヤは彼女専用の消化器になったつもりは微塵もない。
おそらくだが、マルタは火という存在についての認識が常人のそれとほんの少しずれている。
彼女にとって炎は、熱くないもの。触っても火傷をしないもの。
そんなボタンの掛け違いを引き起こした元凶は、十中八九彼女の胸元で光る神の目だ。異様に回復に特化してしまったが故に、炎であるが熱くないというバグのような現象を引き起こしてしまった。無論彼女の扱いでそれは如何様にも変化するが、基本的に彼女はファデュイの中でも後方支援役。治療行為以外での使用はほとんど求められていないので、正常な炎を出すということに未だ慣れ親しんでいない。
だから、どれくらいの火力でものが焼けるのか、有機物が灰になるのかがさっぱり分からない。危険という危険を一切排除した、トライアルキットみたいな火しか使ったことがないのだから。
「それで、どうしていきなりケーキを焼こうなんて発想に至ったの? 君、甘いものそんなに好きだったっけ?」
「それは……旅人さんに、誕生日にはケーキを焼いてお祝いするものだと教わったので」
「……ん?」
非常識ポンコツ選手権があったら上位候補に上がるであろう彼女の口からやけに情緒溢れる言葉が飛び出してきたので、タルタリヤは思わず二度見した。しかしマルタはそんな様子のタルタリヤなど目にも映っていないのか、淡々と流れ作業のように告げていく。
「今日は、公子様の誕生日ですよね」
頭を金属バットで殴られたような衝撃だった。
だって、まさか覚えているなんて。そんなこと、これっぽっちも思っていなかったから。
「じゃあつまり、この炭の塊って……」
自分の誕生日ケーキ、になる予定だったもの。
子供の頃からやんちゃ坊主で、誕生日を祝ってくれる人なんて数少なかった。名を変えてからはさらに減った。ファデュイに誕生日を祝う人間味のある人物なんていないから、今では遠く離れた家族からの手紙だけがタルタリヤの生まれた日を知らせる唯一のものだった。それがなければタルタリヤだって、たかが生まれた日だと忘れ去ってしまっていただろう。
だからてっきり、今年もそうなのだと思っていた。数日遅れで家族からの手紙が届いて、ああそういえば誕生日だったな、と気づくような。誕生日の知らせを家族以外の誰かが持ち込んでくるなんて、初めてのような気がした。
「私、誕生日は祝うものだって旅人さんに聞いて初めて知ったんです。だから、去年公子様の誕生日をお祝いできなかった分、今年はどうしてもお祝いしたくて……」
ごめんなさいとありがとうを一緒に込めて、ケーキを焼こうと思った。その気持ちは、あっけなく炭へとなってしまったけれど。
触るだけでボロリと崩れる黒い物体を摘まんで、タルタリヤが口を開く。
「確かに、世間一般では誕生日にケーキを焼くのは正解だけどね。……でも君、この量だとさては自分が食べる分を計算してないな」
そう言われてマルタはきょとんと小首をかしげたので、タルタリヤは図星なんだなと瞬時に察した。
「誕生日ケーキは身内で分け合って食べるものだよ。そりゃ各家庭によって差はあるけど、基本的にはね。主役だけがケーキを食べるなんて、そんなの主役が寂しいでしょ」
人間は楽しいことを共有したい生き物だから。
美味しいものを、美しいものを分け合って生きていたいものなんだ。
「あと、スネージナヤでは誕生日の人がみんなにケーキを振舞うんだ。これまで育ててもらった両親と、付き合ってくれた友人に感謝を込めてね。だから、もし本当に俺のこと祝ってくれるって言うなら」
タルタリヤが席を立ち、マルタの隣でテーブルに手をつく。それからぐっと顔を寄せて、小声でささやいた。まるで、内緒の悪戯話でもするみたいに。
「君が好きなケーキを教えてよ。俺がそれを、俺と君のためだけに焼いてあげる。……それだけで、俺には十分すぎるほどだからさ」
マルタの顔の中心についた二つの宝石が、ぱちぱちと瞬いた。それから呆然とした様子で
「……それだと、私がいつまで経ってもケーキが焼けないままです」
と呟いたので、俺がずっと焼くからいいんだよと返すと彼女が困ったように笑った。雪のような頬にうっすらと赤いシロップをかけながら。普段散々振り回されている分の仕返しだった。
今日くらいはプレゼントを強請ったって誰も文句言わないだろう。せっかく主役が巡ってきたのだから、好きなようにさせてくれ。