旅人とパイモンが腹の底から彼の名を叫び、天衡山のふもとを歩く。
ようやく地脈鎮石を片付け終わったかと思えば突然岩の崩れ落ちる音が聞こえ、急いで後を追ったはいいがそこはもうお世辞にも道とは呼べない場所へと成り果てていた。あのタルタリヤが岩の下敷きになって死んだとは到底思えないが、彼が居なくなってはマルタの無実を証明するも何もなくなってしまう。
亜麻色の髪を捜索しながら天衡山を下りて十分が経過した。きっと彼も山を下りるだろうから、璃月港に入る前には合流したいのだが。そう思い声を張り上げてみても、寄ってくる大半はヒルチャールか旅人を迷子と勘違いした宝盗団のどちらかである。旅人の剣もいい加減ぼろぼろになってきたところだ。
その時、背後から足音が聞こえた。気配を悟られないよう最小限の動作で歩く独特の音だったので、薬草を採りに来た一般人ということはまずありえない。
また宝盗団か。懲りない連中だ。パイモンを背に隠し、勢いよく矛先を向けた。
「相棒! 良かった、合流でき……」
突如向けられた切っ先にタルタリヤが動きを止める。旅人の肩を叩こうと中途半端に掲げられた手はそのまま降ろされ、やがて水元素が集う。
「……何? やる気?」
春の木漏れ日のような瞳が瞬時に一変、吹雪を前にした獣のように細められる。闘争の炎が静かに燃え滾り、早く血を、興奮を、快楽を寄こせと騒ぎ立てる。
開けてはいけない箱を開けてしまった。黄金屋での一件が脳裏に蘇り、旅人の背筋にぶわりと汗が滲む。ここであの戦いを再現されては、間違いなく璃月の地図を書き換えなくてはならない事態にまで発展する。
「ち、違う違う! オイラたちはただ、宝盗団の奴らと間違えちまっただけで……」
「ご、ごめんタルタリヤ……」
最悪の展開を危惧した旅人は、すぐさま握っていた剣を元素に還した。金色の粒子を横目に両手を顔の高さまで上げ、その意思は無いと見せつける。旅人の顎をたらりと冷や汗が伝った。
数秒の硬直。静寂を打ち破ったのは、タルタリヤの笑声だった。
「ぷっ……あはは! 冗談だよ冗談。俺もこんなところで戦って地形を変えでもしたら、今度こそ七星に璃月から追い出されかねない」
「も、元はと言えばお前が紛らわしいことするから……」
「まあ、それでもやるって言うなら俺は一向に構わないけど」
「いや、いやいやいやいや!」
パイモンは完全にタルタリヤの掌の上で転がされている様子だった。殺気を出したりしまったりと、とにかく器用な男である。
そのタルタリヤの服が、少量の血で汚れているのを発見した。地脈鎮石の前で分かれた時にはなかった血痕だ。あの後何かあったのかと旅人が尋ねると、ずい、とこれもまた血で少し汚れた布袋が眼前に差し出される。
「ここに来るまでに宝盗団に絡まれてちょっとね。相棒確かこれ欲しがってたよね? ついでだからあげるよ」
そんなお土産感覚で追い剥ぎ品を持って来られてもと思ったが、袋の中でコインが黄金色に光ったのでありがたく懐にしまった。モラとは違う鴉の輝きは、大切に素材として使わせていただきます。
タルタリヤは宝盗団のメダルをいっぱい詰め込んだ布切れを渡すと、興味を失くしたように視線をふいと背ける。その特に不自然でも何でもない一瞬の動作がどうにも引っ掛かって、旅人は連戦でうっすらと埃をかぶった横顔を凝視した。
「……もしかして、怒ってる?」
意表を突かれたのか、タルタリヤは成人男性にしては若干大きめな目をさらに開いて旅人を見つめ返した。まるで母親に隠し事がバレた子どものようにも見える。
「……なんで?」
「いや、なんとなく……」
特に根拠はない、とは言い出しづらい雰囲気だった。
理由を聞き返すタルタリヤはおそらく初対面の人間であれば極めて平然たる態度に見えるのだろうが、旅人からは苛立っている様子にしか見えなかった。彼を宝盗団と見間違えたのがそんなに不快だったのかとも思ったが、彼は争いの種を好んで拾い集める人種だ。喧嘩を吹っかけられて意気揚々とすることはあっても虫の居所が悪くなるとは考えづらい。
だがその他に理由らしい理由は思い浮かばない。強いて言うとすれば勘だ。理路整然と説明できるものではなかった。
どう返答するのが最適なのか悩んでいると、パイモンがひとつの疑問を投げたことで話はそちらにシフトした。
「そういえば、あのアライアってどうなったんだ!?」
そうだ、アライア。今回の事件の真犯人。
タルタリヤが追った彼女は、少なくとも近くにいる気配はない。タルタリヤが身柄を拘束した様子もない。まさか殺してしまったのかと問うと、彼はゆるゆると頭を振って否定する。
「いや……逃げられたよ。一度は捕まえたんだけど、少し油断した隙にね」
「公子から逃げきったのか!? 見た目はマルタに似てるけど、やっぱり別人なんだな……」
それはマルタに対して少し失礼ではないかと考えたが、マルタが公子と戦ったとして五体満足で逃げられる確率は天から槍が降る確率とほとんど変わらなかったので旅人は口をつぐんだ。
代わりにもう一度地脈鎮石を起動させるのかと尋ねるが、タルタリヤはそれも否定する。
「一度引っ掛かった手にもう一度かかる程彼女も馬鹿じゃない。やったところでたぶん無意味だ」
それに加え、こちらは全員顔が知られている。警戒して姿を現さない可能性の方が高いだろう。
「けど、全く収穫がないわけじゃない」
「収穫って?」
タルタリヤが年頃の女の子の心をかき乱してしまいそうなウインクと共に「ひみつ」と囁く。生憎この場に年頃の女の子はいなかったので、旅人の冷めた視線とパイモンの「うわ……」という引きつった声しか返ってこなかったが、タルタリヤは大して気にもしていない様子でからからと笑った。
「とりあえず、一度往生堂に戻ろうか。あ、そうだ相棒」
「何?」
「帰りに万民堂寄ってもいい?」
どこまでも自由気ままな男に文句を言ったところで何ひとつ効き目はないと旅人は理解していたので、本日一番長い溜息をもって返答とした。
往生堂の渡し守の案内で部屋に入ると、マルタと鍾離は数時間前と全く変わらず向かい合って茶を飲んでいた。
「お〜いマルタ〜! 鍾離〜! 戻ったぞ〜!」
飛び込んできたパイモンに気づくとマルタは茶杯を置いて静かに席を立ち、おかえりなさいと迎え入れる。両手に包みをぶら下げた旅人がその後に続き、最後に紙袋を抱えたタルタリヤが足を踏み入れた。
「あの、それは一体……?」
「公子が腹が減ったって騒ぐから、万民堂で買って来たんだ! あっ、もちろんマルタと鍾離のぶんもあるぞ!」
「おチビちゃん、その言い方だと俺がとんだ大食らいに聞こえるんだけど?」
「どちらかというと万民堂で騒いでたのはパイモンの方だよね」
確かに言い出しっぺは自分だが、タダ飯が食えると分かった瞬間目の色を変えて注文していたパイモンに言われたくはない、とタルタリヤは呆れつつ眉を寄せた。
茶と菓子を置いても余りある広さのテーブルに買ってきた料理をどさりと置く。揚げ魚の甘酢あんかけ、翠玉福袋、四方平和、エビのポテト包み揚げ等々、万民堂お馴染みのメニューが宴会のように広げられる。香菱特製の万民堂水煮魚も混ざっていることから、おそらく今日は彼女が厨房に立っていたのだろう。遅めの昼食にしてはやや量が多いようにも感じられたが、一番の健啖家であるパイモンと成人男性が二人いることを考慮すると残飯の心配はなさそうだ。
料理に目がくらみ忙しなく宙を飛び回るパイモンを横目に、タルタリヤは紙袋をマルタに手渡した。
「? こちらは?」
「モラミート。俺達はここに来る前に食べたから、入ってる分は君と鍾離先生で分けて」
いわゆる買い食いだ。料理を美味しく食べるコツは、一つは早いうちに食べること。もう一つはルールやマナーを無視して食べることである。彼の後ろで、そんな甘い言葉を囁く悪魔に引っ張られた二人が親指を立てるのが見えた。
彼の言う通り、紙袋の中には小さな包みが二つ入っていた。手のひらサイズのそれは赤と白それぞれの紙にくるまっており、肉とスパイスの芳ばしい香りが微かに鼻腔をくすぐる。
「……」
「あ、赤いのがマルタのぶんだから」
ぱちぱちと瞬きをしながら見下ろしているとそう声が降ってきたので、その言葉通り白い包みの方を取り出し鍾離に渡した。袋の中には赤い紙に包まれたモラミートがぽつんと残されている。
「マルタは今食べないのか? 食べないならオイラが……」
「パイモン」
「わ、分かってるって! ちょっと言ってみただけだ!」
「あはは……せっかくですけど、後でいただきます。今食べたら他のお料理が入らなくなっちゃいそう」
そう苦笑いしつつ袋を閉じる彼女を見て、そういえば彼女はかなり少食だったよなと旅人は一人納得した。食べ盛りの旅人からすると信じられないことだが、あの小さなモラミート一つでも彼女の場合満腹になってしまうらしい。これだけ豪勢な料理が広がっているのに一人軽食だけというのも気の毒な気がした。
「それで先生、アライアシリーズについては理解できた?」
「ああ、概ね彼女から聞かせてもらった」
「そう。ならその説明は省いてもいいね」
タルタリヤと鍾離の会話を耳にしたマルタは内心どきりと心臓を跳ねさせる。なんたってアライアの存在はファデュイの機密情報だ。ファデュイでも、ましてやスネージナヤでもない遠く離れた国の人間に口外するなど、本来であれば言語道断だった。マルタだってイレギュラーな事態にさえならなければ鍾離に秘密を打ち明けることも無かっただろう。それはタルタリヤも同様だ。
そこでふと疑問が浮かび上がる。自分が鍾離にアライアの話をしていた頃当然タルタリヤは往生堂にはいなかったが、なぜ鍾離がアライアの話を聞いていたと知っているのだろう――とまで考え、思考を遮った。それはきっと、自分如きが推測したところで仕方のないことだ。
するとその時、タルタリヤと鍾離の視線を分断するようにきゅるると小さな音が鳴った。
「な、なあ……? 話が長くなるなら、食べながらでもいいか……?」
若干へりくだってそう許可を求めるのは、案の定食欲という食欲を体中に詰め込んだ白いもちもちの浮遊物だ。いくらご馳走を目の前に置かれたのだとしても、今回懐から財布を出したのはタルタリヤなので彼を差し置いて箸をつけることはできないという心配りは行き届いていた。
「あはは。いいよ、食べながら話そうか」
タルタリヤが幼い子どもに言うように笑って快諾すると、パイモンは待ってましたとばかりに料理に飛びついた。“待て”から解放された犬みたいだと言ったらきっと彼女は怒るだろうが、テーブルを上から眺めて香りに身を震わせる姿はいかにもそんな感じである。
それまでの会話を一時中断して、皆数時間前と全く同じ席に着く。
璃月中を走り回った挙句魔物や宝盗団と連続で戦う羽目になったのだから、旅人と言えどもさすがにくたくただった。一度ベッドに寝転がってしまえば今日はもう動けなくなってしまうほどに。往生堂の質のいいふかふかの椅子でも怪しいくらいだ。
それでも空腹の時だけ胃袋というのは元気に動くもので、小さな箸を巧みに動かして口いっぱいに頬張るパイモンに負けじと手と口を動かす。およそ雅やかな客室でとるべきテーブルマナーではなかったが、このままでは料理の七割がパイモンの口に吸い込まれていってしまう。彼女と共に食事をすることは箸で干戈を交えることと同義なのだと、そこで演者のように粛然と食す鍾離に教えねばならなかった。
もっとも、仮に料理が無くなったとしてもまた買ってくればいい、とこちらの懐事情を一切鑑みない口調で切り出してくるのが、元神様で似非凡人たる鍾離なのだが。
「それじゃあ、まずは情報共有からかな」
そう述べるタルタリヤは一笑を顔に張り付けたまま、それとなく箸を置く。使い慣れない箸でパイモンと張り合うことは早々に諦めていた。これがゆっくり璃月の食文化を楽しめる席であれば、苦手な箸でも練習しつつ料理に舌鼓を打てたものだが、今回ばかりはそうもいかない。あくまで腹を満たすためであって、舌を楽しませるための席ではないからだ。
「とりあえずこっちで調べて分かったのは大きく三つ。一つ目、犯行現場に大量の炎元素が残されていた。二つ目、犯行に使われたナイフはファデュイのもので、三年前に製造が停止されている。そして三つ目が……」
「犯人はアライアの誰か、ということか」
「そういうこと」
タルタリヤが一本ずつ指を立てて整理していく。
「確かにこの条件だとマルタが怪しく見えちゃうよな……」
「総務司はアライアの存在を知らないとはいえ、その代わりに目撃情報があるからな」
旅人がそうだった、と眉間を押さえる。
そもそもの事の発端はそこだった。目撃情報と対になるアリバイは公子が証明してくれるだろう。だがあともう一押しが、どうにも見当たらない。犯人であるアライアを捕まえられなかったのが一番の痛手だった。マルタとそっくりな人物がいて、本当はそっちが犯人なんだと本人の目の前で説明できないのは非常に苦しい。
すると鍾離は伏目がちに「ひとつ尋ねたいんだが」と口を開く。
「公子殿とマルタはなぜ今回の事件がアライアの犯行だと気づいた? 傷害事件など璃月どころか世界中に溢れている。その全てが彼女たちの仕業というわけではないだろう」
「そういえば、俺達が璃月港に行く前にはもう明蘊村で事件について調べてたよね」
犯行時刻は深夜で、北国銀行に被害者の家族がやってきたのが早朝、旅人が明蘊村で二人と会ったのが昼前のことだ。その時点で二人はすでにアライアに目星をつけていたことになる。
「……凶器のナイフを覚えてる? あれはね、彼女たちの証なんだ」
「証?」
「これは自分たちがやったんだって誇示するための象徴。三年前に回収されたって話したけど、実は回収された後アライアシリーズのところに渡ったんだよ」
あのナイフだって内部の板に欠陥が見つからなければ今も実戦投入されていたものだ。どうせ最終的に廃棄処分になるのならば、訓練中のアライアに使わせてやれ。そんなみみっちい誰かの提案で、彼女たちに例のナイフが支給された。アライアの数少ない所持品の一つだ。
そして今や、彼女たちを証明するものの一つになっている。そんな曰く付きの品を被害者の父親が持ってきたのだから、犯人はアライアと見てほぼ間違いなかった。
「ならば、マルタもそのナイフを?」
「いえ、支給されたのは私が製造される前のことだったみたいで。ナイフのことは知っていますが、私自身は現物を持っていないんです」
「……」
製造、という言葉に引っ掛かりを覚えたのは鍾離だけではない。本来人を指して使う言葉ではないからだ。それを一切言い淀むこともなくさらり述べたマルタは、きっと何の違和感も感じていないのだろう。
自分には生物学上親にあたる人物が存在しない。通常母体から始まるはずの人生は、培養器の中で幕を開けた。容姿から何まで全てが他人にデザインされている。こんなの、人間なんかじゃない。人間を模倣しただけの何かなんだと。
でもね、マルタ。君がどんな屁理屈を並べようが、人の枠組みからは逃れられないんだよ。
そんなこと本人には絶対に言ってやらないので、これはただ腐るのを待つだけの言葉なのだが。
「一応、俺からはこんなものかな。で、鍾離先生の方は?」
「ああ、だがその前に公子殿」
鍾離は一拍置いて、流れるように語った。
「悪い知らせともっと悪い知らせがある。どちらから聞きたい」
「ええ……そこはいい知らせと悪い知らせじゃないの……」
斜め上の発言にうっかり足を踏み外したような衝撃がコツンとタルタリヤをつついたが、そんなものはもう慣れっこだった。自分は一般人ですという顔で俗人を振り回すのがこの元神様なのだから。呆れた物言いをしたところで何の効果も無いのだから。
「じゃあ、悪い知らせから」
「犯行現場から炎元素の痕跡が確認されたと、先程総務司の者が話していた」
現時点でタルタリヤは炎元素の話を誰にも話していない。なのでこれは、総務司と千岩軍の現場検証による結果だろう。タルタリヤと旅人との秘密に留めておけたら最善だったが、総務司が見つけてしまったのならばどうしようもない。
「ふうん……まあ、神の目を持ってるのは俺らだけじゃなし、予想はしてたけどね」
「それで、もっと悪い知らせって?」
「総務司との対談の時間が早まった」
へえ、と蒼海の瞳が開かれた。こちらは少々予想外の展開だ。万年多忙を極めている総務司がまさかこんなに早く動き出すとは。
しかし鍾離としてはこちらも想定内ではある。
確かに傷害事件は殺人に比べて処理する優先順位が若干低くはあるが、今回に限っては現在井戸端会議の中心になっている例の外つ国が重要な立ち位置にいる。もしもファデュイの一人が本当に璃月の子どもを傷つけたのだとしたら、それは外交において大きなしこりとなるだろう。被害者は一人でも、長い目で見た場合今後何千人もの人生に影響が出るかもしれない。
だから総務司としては、他の事件を差し置いてでも今回の沈静化を最優先とするだろう。せめて、重要参考人となっているファデュイ――マルタへの疑いが晴れるまでは。
タルタリヤは眉を顰め、口元を覆って何かを考え込んでいる様子だった。状況は悪くなる一方だ。そして再び視線を上げ、
「先生、それはいい知らせだよ」
と口元だけで笑った。
「公子殿には何か策が?」
「まあね。総務司の連中に伝えてくれる? “事件の犯人が分かったから、全員集めて話し合いましょう”って」
今度は鍾離の目が見開かれる番だった。けれどタルタリヤはそんなことはお構いなしに、さも清廉潔白を宣言するかのような笑みを浮かべている。
その瞳に、ほんの少しだけ憤りが滲んでいるように見えた。
皆が集められたのは、もうじき夕日で朱色に照らされるであろう時刻の玉京台前だった。
どうせなら誰も言い逃れができないよう、日が沈む前に岩神の御前で行いましょう。そんなファデュイ執行官からの挑戦状じみた誘いに、総務司は乗った。
玉京台は亡き岩王帝君の膝下だ。そんな場所で璃月を踏み荒らした雪国の使者が真実を暴こうなどと宣うのだから、総務司としては手袋を叩きつけられたような気分だった。これでもしも部下を庇って罪を覆い隠そうものなら、岩王帝君を侮辱したとして糾弾してやる、と。そのメッセンジャー役を元岩王帝君が務めたのだから、タルタリヤからすれば笑い話でしかなかった。
「それで、公子殿は犯人が分かったとの仰せでしたが」
総務司から出向いた女は言葉に棘を含ませつつそう述べるが、タルタリヤはそれをさらりとかわすと「まずは状況の整理から始めようか」とマルタに目をやった。
「犯行時刻は昨夜。事件が発覚して凶器が北国銀行に届けられたのが今朝のことで、今最も疑わしいのがそこにいる俺の部下……っていう認識は、総務司側も同じってことでいい?」
「疑わしいも何もあるか! あいつが俺の娘を……!」
「ええ、それが総務司の見解です」
昼と同様マルタが犯人だと信じてやまない父親が口を挟もうとするが、総務司の女が声を被せたことで最後まで発せられることはなかった。どうやらたった数時間では彼の頭を冷やすには至らなかったらしい。
それもそうか、とタルタリヤは思う。幼い女の子だ。小さな愛娘だ。愛してやまない存在だ。そんな子が理不尽に傷つけられて冷静でいられる親は、きっと精神修行か何かを積んでいるに違いない。タルタリヤだって弟妹が何者かに暴行されたと知ったら、一体どこの輩がそんな命知らずな愚行を犯したのかを徹底的に調べ上げ、死が生ぬるいと思えるほどの地獄を見せてやる気概があった。
「それじゃあ、犯人暴きの時間だ。鍾離先生、証人役お願いね」
「請け負った」
往生堂はあくまで中立。総務司の味方もファデュイの味方もせず、ただ玉京台で起こった出来事を事実として証明するための存在だ。それは、この場で起こることに一切口を挟まないという、ある種の契約を意味していた。
「それで、犯人とは?」
総務司の女の鋭い目が突き刺さる。旅人とパイモンも固唾を飲んで見守り、山へ帰るカラスさえも黙り込んだ。まるで空気に雷元素が流されたようだった。
その中でたった一人、タルタリヤだけの足音が石を踏みつけて響いていた。
「犯人は――……君だ、マルタ」
その双眸は深海よりも深く。氷塊よりも冷ややかに。スネージナヤの吹雪を纏ったような目で見下ろされ、マルタは驚愕に瞳を染めた。