羊の皮をかぶった
昼メシを食い終わって、俺は中庭でのんびりと昼休みを過ごしていた。隣では新開が小説を読んでいる。
少し離れたところでは数人の女子が輪になって、その間をバレーボールが行ったり来たりしていた。ひらひらとスカートが舞うのをケータイの向こうに見ながら、今日もいい日だなあ、なんて思う。
スカートの下のハーパンもしくは長ジャージは邪魔だけど。
「なあ」
呼ばれて顔を上げると、ついさっきまで文字を追っていたその垂れた目が、今は俺に向けられていた。
「どした?」
「お前、気をつけないと盗撮してるみたいに見えるぞ」
「は?」
困ったように笑う新開を前に、一瞬ぽかんとバカ面さげたのが、悲しいかな自分でわかってしまった。
今の自分の状態を確認すると、背中を壁にあずけて腰で座っただらしない格好だからか、視線の先のケータイの向こうに、ちょうど女子が見える形になっている。これは確かにはたから見るとあまりよろしくないと思い至り、慌てて首を振った。
「ち、違うぞ!俺はそんな…!! 」
「わかってるって。そう見えなくもないなと思っただけだ」
「確かにちょっと見てたけどやめてくれよ」と口の中でもごもご言いながら、いそいそと姿勢を正す。
そういえば、通り過ぎる女子たちがこっちを見てコソコソなにか言い合っていたのはもしやそのせいでは……俺はまた、新開がかっこいいとかそんなことを言ってるんだと思って気にもしてなかったぜ。
「ま、わからないでもないけどさ」
思ってもないくせにそんなフォローも忘れないところが、こいつがイケメンと言われる要因の一つであることは間違いない。
どうすりゃこんなできた奴ができるんだか。
お互いにケータイと本に目を戻したとき、テンテンテンとバレーボールが転がって来た。それを追いかけて、女子の1人が輪を離れてこちらへ駆けてくる。
かわいい子だな…2年か?
まじまじと凝視している俺の横で、新開が立ち上がるのが目の端に映った。読んでいた本を閉じて、その子が追いつくより早く足元に転がってきたボールをすくい上げる。
「あ、」とその子が申し訳なさそうに小さく声を上げた。
「はい」
「すみません…!」
新開は自分の前で足を止めた女子生徒に、ボールをするりと手渡した。ぺこりと頭を下げる彼女に笑みを返す。
なんつースマートな…。嫌味じゃないところがむしろ嫌味だよな、こいつは。
「深空さん、だよな?2年の」
「え?! あ、はいそうです」
まさか話が続くとは思ってなかったんだろう。その子のほっぺたがぱっとピンクに染まった。
あー、いいよなそういうの、めちゃかわいー。
「えと、ありがとうございます、新開先輩」
「お。オレのこと知ってるのか?」
当たり前だ。お前みたいな有名人、全校生徒が知ってるっつーの。
「もちろんです!有名ですから。あの、…そ、それじゃあ、ボール、本当にありがとうございました!」
俺の心の声と同じことを、その子はとてもかわいらしく言って、逃げるように友だちの輪に戻って行った。
「あちゃ、怖がらせたか?」
「いーやー、怖がってねーだろ」
どっちかっつーと、恥ずかしさに耐えきれなくなったって感じだなあれは。
そう思いながらそのまま彼女を目で追うと、またすぐにボールが宙を舞いだした。今度は逆の方向にボールが飛んで、それをさっきとは別の子が追いかけて行く。その先には男子バスケ部のキャプテンの姿が見え、そいつもさっきの新開のようにボールを拾い上げた。違うのはひょいと投げ渡したってことだけど、それを受け取った子は嬉しそうにお礼を言っている。
…あれ?もしかして、わざと、じゃねーよな。
お互いの好きなやつに近づけるように協力してる、とか?
いやいやそれより。
「なあ新開。お前なんであの子の名前知ってんだ?」
「え?ああ、まあな」
「かわいー子だな」
「そうだな」
俺の隣に戻って涼しい顔で小説を開いた新開を、じっとりと横目で眺めてやる。新開の色恋話なんか全く聞いたことがなかったから、どうしても頬が緩むのを止められない。面白がっている声音のまま新開をつつく。
「なに、お前、ああいうのが好み?」
「そういうんじゃねェよ」
「ふーーん、どうだか」
モテるくせにそういう話を聞かないのはなんでか不思議だったけど、すでに好きな子がいたわけな。
新開にもそんないじらしいところがあるわけだ、とにやにやしながら、どう聞き出してやろうかと思っていると、またしてもボールが飛んできた。
今度はテンテン、なんてかわいいもんじゃなく、けっこうマジなやつだったから、本当にミスったんだろう。
再度ボールを拾った新開のもとに、またさっきの彼女が慌てて駆けてきた。
「何回もすみません…!」
「いや、いいさ」
ボールを受け取ろうと手を出したその子にかまわず、新開は「なあ、」と言いながらずいと近づく。虚をつかれた彼女は、出した手を慌てて胸の前で重ねて一歩下がった。
「もしかして、オレに近づきたくてわざと?」
「え?」
ボールを示された彼女は、きょとんと新開とボールを見比べた後、はっとして首を横に振った。
「え、い、いえ、いえ、その、」
「違うのか?」
「え、あの、えと、そ、その、」
見てるこっちがかわいそうになるくらい顔を真っ赤にして、今にも倒れそうになりながら後ずさる彼女を見る、新開の顔といったら。
俺の前にいる男は、羊の皮をかぶったおおか…いや、鬼だと思う。
「なあ新開、さっきの無意識?確信犯?」
「ん?さっき?」
「…俺、ちょっとお前に対する認識変わりそうだわ」
「はは、そうなのか?」
「ほんっと読めねー」
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Around and around*