5.理由
深空は唐突に今日のコンペを欠席しろと言った。
選ばれれば、まあまあな仕事が与えられ名も売れる今回のコンペではあるが、そもそも深空自身とはなんの関わりもないはずだ。オレは壁に背を預けたまま、ベッド脇に立つ深空を見上げた。
「誰に頼まれた」
「…巻島くんには、関係ないよ」
「この状況でそれは通らないショ」
ハ、と笑ったオレに、深空は口をつぐんだ。
水のペットボトルを伝う雫を指でなぞりながら、オレがいなくなれば自分が選ばれると思っている人物を頭の中でピックアップする。自分の仕事ができればそれでよかったオレは、今まで他人について詳しく知ろうと考えたことなどなかった。面倒ごとは兄貴が引き受けてくれていたんだなと、今更ながらにありがたく思う。
ただ、こんなことになるなら周りとの軋轢や確執についても知っておけばよかった、とも思わなくもないが。
今まで出会った人物や同業者を無理やり引っ張り出し、ある会社に思い当たった。
社名はしっかり思い出せないが、ブルーデザインとかなんとかいう、今の社長が1代で築いた中規模の会社だ。確かファッションや家具など手広くやっていて、日本ではそこそこ有名だという話だった。その息子は親に似ず、派手な遊びが好きなボンクラだと聞いたか聞かなかったか――。
「ブルーデザイン…」
枕元にボトルを転がし呟くと、深空の眉がピクリと反応した。そうだろうとは思ったが、やはり当たりだったか。
「社長じゃないショ……息子か?」
「……そう」
諦めたようにため息をつき口を開いた深空の次の言葉に、オレは少なからず衝撃を受けた。
「つき合ってるの、その人と」
「な――」
「だから、今日は行かせない」
つき合ってるヤツがいること自体は、オレにどうこう言う資格はなかった。
良くない噂のたつような男と深空の組み合わせが、どう考えても異質なのだ。
月日の流れが深空を変えたと言われればそれまでだ。そもそもオレが深空を知らなかったのだと言われればそうなのかもしれない。
だが――。
「おいおい、下手な冗談っショ」
「冗談なんかじゃない」
だがもしそうなら、深空はこんなにも傷ついた顔をするだろうか。
「ソイツのこと、好きなのかよ」
つき合う理由が好きか嫌いかだけじゃないことは、この年になれば嫌でもわかる。それでも聞かずにはいられなかった。
一瞬口を結んだ深空の出した答えは、気持ちとは違うはずの強情なものだった。
「、そうだよ」
「チッ、そうかよッ」
「っ!? 」
それに苛立ち舌打ちしたオレは、深空の腕を引いた。驚いた深空の手から離れたペットボトルが床に転がり、2人分の重みでベッドがギシリと軋んだ音を立てた。
「ま、きしまくん…」
オレの膝の上に倒れこんだ深空が、振り向いて小さく名前を呼んだ。細い体を受け止めたオレは、身を屈めて距離を詰めると動揺する深空に囁く。
「ならソイツのために、体くらい張れるっショ」
「なに――っん、」
体を固くした深空の口に自分の唇を押し当てた。離れようと暴れるその体を膝の上で抱え直し、舌をねじ込み口づけを深くしていく。眉間にしわを寄せくぐもった声を出す深空にかまわず、上顎を舐めると逃げる舌を吸い上げた。
柔らかく生々しい感触が心地いい。
「ん、ふっ………は…」
深空の指が、オレの服をぎゅっと掴んだ。
「深空…」
「…あ……まきし、ま、く…」
潤む瞳と鼻にかかる甘い声がオレの脳内を浸食し、ザワリと鳥肌が立った。ガチンと鎖が伸びきり腕に食い込むのもかまわず、深空の細い顎を掴むと角度を変えて何度も何度も口腔内を犯していく。
「や、ぁ……」
苦しさからツと涙を流す深空を薄目に見ながら体をまさぐると、ショートパンツのポケットに小さな固い感触があった。
そういえば昔から、大事なものは身近に置いておくヤツだった。
そう思いながらオレは一人口角を上げた。
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Around and around*