狂科学者とひつじの執事


目が覚めると、広さ2畳ほどの檻の中にいた。動物園の猛獣が入れられているような太い柵が、四面と上を囲っている。床はコンクリートだ。檻の隅にもたれかかった体がなんだかすごく重くて、腕を上げることすらままならない。頭もぼんやりしている。
なんでこんなことになってるんだっけ…?

「お目覚めかな」

声のした方に視線をやると、見覚えのある人物が音もなく歩いてくる。彼の脚に合わせて、白衣の裾が揺れた。前に誰かが、黙っていれば男前だと彼を評していたのを思い出した。

「オレを覚えているか?」

男が檻越しにわたしの耳元でささやく。

「東堂、博士」

「くくっ、その通り。まあオレを知らぬ者などいないだろうがな!」

確かに黙ってりゃ男前なのに。高笑いを始めた彼を残念な面持ちで見つめる。頭ははっきりしてきたのに、身体だけが自分のものではないような感覚が気持ち悪い。
彼がここにいるということは、わたしは彼に捕まったということなのか。マッドサイエンティストのこの男に。最悪だ。

そう思っている間に、彼はわたしの正面に回った。そこの扉についているロックを、慣れた手つきで解除するとこちらに近づいてくる。

「ラブヒメの正体は君だろう?深空蒼さん」

わたしの前に立った彼が不敵に笑う。
なぜそれを、という間もなく、しゃがんだ彼がぐいと距離を詰めた。あごを掴まれ、不敵に笑う端正な顔を悔しくも綺麗だなんて思ってしまった。
ぺろりと唇を舐められて、ぞわりと背中が粟立つ。

「君がオレに弄ばれたと知ったら、あの執事はどんな顔をするのだろうな」

太ももにひやりと冷たい彼の手の感触を感じながら、絶望的な気分になった。



「っていうね、夢を見たの」

総北高校自転車競技部の部室。オレ、今泉俊輔の前でそんな話をするのは、2年先輩の深空蒼さん。事もなげに話す彼女に、どんな顔をすればいいというのか。そんなことをオレに話さないでほしい。

「昨日小野田くんにラブヒメの話聞いたからかなあ?」

首を傾げる彼女を見ながら、小野田が嬉しそうに話をしていたのを思い出す。深空さんがラブヒメの話を楽しそうに聞いてくれた、と。

「それにしても原型ほぼないですけどね」

「あれ、そうだった?」

そうなのか、と蒼さんは眉間にしわを寄せる。

「でも執事はいたよね?」

「いますね。でも巻島さんには似てないですよ」

「え!なんでまきちゃんだったってわかったの!?」

「…なんとなく、です」

当たってほしくなかったような気もするが、まあ妥当なような気もするので内心でため息をつくにとどめる。

「まきちゃんもさあ、ヒーローだったらさっさと助けに来てほしいよね。犯されちゃったらどうするつもりなんだよう」

メージュは執事ではあるがヒーローではない。なんてこと、今特に必要のない情報だろう。

「でも、白衣の東堂くん。けっこうよかったなあ」

ほう、とため息をつく蒼さんが変に色っぽく見えて、ごくりと生唾を飲む。

「、欲求不満なんですか」

なんと言っていいのかわからずそんなことを口走るオレに、彼女は照れるでもなくそうなのかなと首を傾げた。

「執事のまきちゃんも見てみたかったなあ。あ、でも今泉くんもなんでも似合いそうだよね。今度は今泉くんも出てきてほしいなあ」

いやいやいやいや、こんな会話、巻島さんに見られたら殺される。と思ったら、部室のドアが開いた。
少し猫背気味のその人が、オレと蒼さんを見るや、すと目を細める。射殺さんばかりのとんでもなく鋭い視線が、オレだけに向けられた。

次の瞬間「あ、まきちゃん」と蒼さんが駆け寄ると、巻島さんの瞳は愛しいものを見る目に変わっていた。


「まきちゃん、今度執事の格好しない?」

「は?」

「ひつじの執事、似合うと思うんだあ」

「なんのプレイだよ…」


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