風俗篇新開
キッチンでコーヒーを入れていると、起きてきた隼人くんがリビングに入ってきた。
おはよ、と少しかすれた声。
日曜日の午前10時。いつもよりゆっくりとした時間が流れるから、休日の朝は好きだ。
「隼人くんもコーヒー飲む?」
カップをもうひとつ取り出しながら、きっとうんと返事をするだろう彼を待つ。
「うん」
ふふふ、と1人笑いながらコーヒーを入れて、カップを持って行くと、わたしが開けたままにしていたノートパソコンの画面をぼんやり見ている隼人くんがいた。
パートナーの風俗通いを許せますか?
そんな文字が並ぶ記事は、気まずい以外の何者でもない。
たまたまネットのトップページで目についた記事をクリックしただけ。別に記事の内容を信じているわけでもない。だからこのページを開けっぱなしにしていること自体どうでもよかったんだけど、隼人くんにこんな記事読んでると思われるのは正直恥ずかしい。
「ゆっくり寝れた?」
平静を装いながら彼のカップをテーブルに置く。邪魔な物をどかしただけですよって顔をして、パソコンを閉じた。
隼人くんはありがとうとお礼を言って、寝過ぎたくらいだと笑った。
「質問おかしいよな?」
カップに手を伸ばした隼人くんが、視線をパソコンに投げる。
「え…?」
「好きな人にそんなとこ行ってほしいやつなんていないと思うけど」
「…そうだね」
彼の言葉を肯定しながら、わたしの心は沈んだ。
「――もしも」
つぶやいたわたしに、隼人くんがこちらを見たのが視界の隅に映った。わたしはカップを両手で包み、中の黒い液体を見つめる。
「もしもだよ?もしも、2人の関係がなんだかうまくいかなくて、そういうこともずっとなくなっちゃったりしたら?」
「蒼さん」
名前を呼ばれただけなのに、叱られた子どもみたいに肩が跳ねた。
「もしそうなったとしても、相手のことを放ったままにして、勝手に行動したりしたくない。オレは、蒼さんとちゃんと向き合って、話したいと思うよ」
「…うん」
蚊の鳴くような小さな返事しかできないのは、わたしの言ってほしかったことを言ってくれたことがうれしいのと同時に、不安に感じてしまったからだろうか。実際そうなったときに同じことを言ってくれるだろうか、と。
それでも…
「うん、わたしも、そう思う」
そう言えたのは、彼が真摯に見つめてくるその瞳が、焦らせるでもなく押しつけるでもなくただ優しいのがわかるからだ。少しの不安を振り払ってでも、隼人くんならだいじょうぶだと思えることがしあわせだということを、わたしは知っているのだ。
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Around and around*