リトルペイバック
わたしの弟の塔一郎はとても過保護だ。
朝は女子寮の前まで迎えに来て一緒に登校。休み時間もよく教室までやってくるし、お昼休みも一緒にご飯食べて休憩。放課後もわたしを寮まで送り届けてから部活に行くという徹底ぶりだった。ずーっと言い続けて、最近やっと部活を優先してもらえるようになったところだ。でもやっぱり心配だから…、とかいまだにぶつくさ言ってる。
暇があれば筋肉と自転車のこと考えてるくせに、何言ってんだか。
「姉さん、ティッシュなくなったって言ってただろ」
「んー、そうだっけ?」
1時間目の終わった休み時間、いつものように塔一郎が顔を見せた。ポケットに手を突っ込むと確かにいつもあるはずのティッシュが見当たらない。そういえば朝鼻かんだらなくなったんだったかな。
「ほら、これ」
渡されたうさぎのシルエットのついたポケットティッシュは、ふんわり花の匂いがする。こいつ、本当にわたしより女子力高い…。
わたしが「ありがとう」といそいそポケットに押し込むのを見ながら、塔一郎が不安そうに続ける。
「姉さんハンカチは持ってる?そんなんで新開さんに迷惑がかかったらどうするんだよ」
「え、」
「そもそも姉さんに新開さんはもったいないんじゃないかとずっと思ってるんだけど」
「いや、」
「だけど新開さんは姉さんがいいんだって言ってくださってて…そう言ってもやっぱりボクは心配で心配で」
「ちょ、」
「じゃあどんな女性ならいいのかっていうと、それはわからないんだけど、でも姉さんは普通の人より抜けてるし女らしさのかけらもないし気も遣えないしやっぱり新開さんには――」
最初は(たぶん)純粋にわたしの心配をしてくれていたはずの塔一郎が、新開とつき合っているのを知ってから、小姑のように口うるさくなってしまった。
そんな我が弟の口から飛び出す言葉にぴくぴくと頬が引きつり、そろそろ限界かという頃。
「おいおい塔一郎、そこらへんにしといてくれないか?」
「新開さん!! 」
塔一郎の陶酔する先輩であり、わたしの彼氏でもある新開隼人が苦笑気味に教室に入ってきた。彼を見た途端、塔一郎の顔がぱっと輝く。
新開の後に続いた東堂と荒北が、呆れた声を出した。
「なーんだ泉田、また蒼ちゃんのところに来ていたのか」
「おめェも毎日毎日飽きねェな」
「東堂さんに荒北さんも、お疲れさまです!」
ぺこりと律儀に腰を折る塔一郎を横目に、みんなにお帰りと手を振る。
「みんなして連れション?」
「ね、姉さん!!? 」
「むぐっ!? 」
「姉さん、なんてことを口に…!仮にも女性なんだから、そんなことを大きな声で言っちゃ…!」
顔を真っ青にした塔一郎に口を塞がれて、わたしは手足をばたつかせる。逃げようと首を振っても腕を引っ張ってもびくともしない。塔一郎ってば、筋肉に名前つけてるだけあって力つよっ…。
「ちげーよ、福ちゃんとこだ」
荒北、今のこの状況を見ないふりしてそんな当たり前のように答えなくていいから!
「お、おい泉田?鼻まで塞いだら蒼ちゃん息ができないのではないか?」
その通りだけど、東堂、そう思うんなら助けてよ!
そもそもあんたたちはクラスが違うことをわかっているのか。
「んーー!んうーーーっ!」
やばい、本気で苦しくなってきた。だーれーかー!
と、そこでわたしを助けたのはまたしても新開だった。塔一郎の肩に手を置き、これまた困った顔をして見せている。
「塔一郎、本当に苦しそうだぞ」
「新開さん、でも、」
「オレが困るから離してくれよ。な?」
「ハッ!す、すみません!」
ようやく新鮮な空気が吸えて大きく深呼吸をするわたしを、荒北が憐れむような眼で見てきた。
「おい新開。おめェ、しょっちゅうンなことやってんのか?」
「ん?ああ、まあな。でも最近は少なくなったほうだ」
「…そろそろ怒ってもいいのではないかと思うのだが…」
東堂が同情したような声を出し、荒北も珍しく頷く。
新開はいつも通りの顔と声でうーんと何事か考えてから、それじゃと口を開いた。
「塔一郎。姉さん、食っていいか?」
「え、く…?」
意味するところがわからず言われたことを繰り返して首を傾げた塔一郎に、新開は次の瞬間、クリティカルとなる大打撃を与えた。
「セックスしていいかってこと」
「セッ…!? ア、アブ…ア、ブ…ア……」
顔を赤くして青くして、最終的には白くした我が弟、塔一郎。これに懲りて会いに来る頻度が落ちるだろうかと姉らしからぬことを思いながら、わたしは黒田くんに塔一郎を引き取りに来てもらうべく連絡を取るのだった。
「隼人、お前やっぱり怒っていたのではないか?」
「怒ってたわけじゃないけど、もう少し蒼との時間は欲しいかな」
「おい、泉田フリーズしてンぞ」
「あー…まあこれくらいかわいいもんだろ?」
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Around and around*