魅惑の部活紹介


3月も中旬を過ぎた今日、春休みの真っ最中にも関わらず深空は学校へと続く道を一人歩いていた。
通学路から学校の敷地内へと続く桜のつぼみはだいぶ膨らみ、入学式には咲き誇っていることだろう。
いつまでも続くと思っていた学園生活も、4月から最高学年。あと1年を切っていることに気づき、深空はなんとも不思議な気分になった。

――そんなことより、まずやることやらないと。

生徒会庶務に所属する深空は、入学式1週間後に行われる、各部活紹介イベントの提出書類を纏める仕事を割り振られていた。
午後の授業を全て充てる、時期的にはこちらの方が早いが、ある意味第2の学園祭である。あくまでも部活のアピールを目的としているため出店などはないが、新入部員獲得とあって各部力の入れようは本気である。
周知や各部の場所決めは春休み前に行われ、備品申請書などすでに提出済みの部もある。春休みに入ってからの提出は、生徒会宛のメールアドレスに書類を添付送信してもらう手筈になっており、その提出期限が昨日だったのだ。
それを纏めるだけなので、本来ならばわざわざ深空が学校へ出てこなくとも自宅でできたのだが、来なくていいと言われるとなぜか行きたくなるのが、人の性というものだ。

学校へ着いてすぐ生徒会室に向かった深空は、設置されているパソコンを立ち上げ、メールボックスを開いた。今必要なのは、件名が『※要提出!【部活紹介詳細】』となっているものだ。件名はそのままで提出するようにと連絡はしたものの、手違いで変更されたものがあっては大変と、ざっと他のメールにも目を通していく。
ピックアップしたメールを前に、やはり1度印刷した方が纏めやすいだろうと、深空は各メールに添付されたデータを片っ端から開いていった。
印刷をかけている間にと、トイレへ向かう。

その帰り、長い廊下の向こうから手を振る人物が見えて、深空は反射的に後ろを確認した。しかしそこには誰の姿もない。

――え、わたしに振ってんの?

そう思って前を向くと、見知ったフォルムが駆け寄ってきている。なぜか手には風呂敷包みを握って。

「…あれ?東堂くんだ」

「深空さん!春休みだというのにどうしたのだ?」

スライディングでもしそうな勢いで自分の前に滑り込んできた東堂に驚き、50メートル走の如くダッシュしてきた割にほとんど息も切れていない様子に、さすがだと心で賛辞を送って深空は口を開く。

「ちょっと生徒会でやることあって」

「そうだったのか、それは大変だな。休みの間よく出てきているのか?」

「んーん、たぶん今日だけ。わたしよりそっちの方が大変じゃない?部活ほぼ毎日あるんでしょ?」

「、あぁ…それもそうだな」

「ふふ、なにそれ、今気づいたの?」

「深空さんに言われるまで気づかなかった」

好きなことをしているだけだからだろうか、といつになく穏やかな表情を見せる東堂に、深空が驚いたときだった。

「うおーーらァーーッ!とーおーどーおーーッ!! 」

思いのほか近距離からの怒声に、深空が状況を飲み込む間もなく「ぐ、」という短い悲鳴とともに東堂が沈んだ。突如現れた荒北の腕が、東堂の首元にクリーンヒットしたように見えたのだが、当の荒北は何事もなかったかのように、素知らぬ顔で深空の前に立っている。

「よお深空」

「え、あ、どうも。えと、いいの…?」

悶え苦しむ東堂を指さすも、荒北は涼しい顔だ。

「今、ラリアット、」

「気にすンな」

「ゴホ、き、気にするなではない!死ぬところではないか!! 」

「加減したッつーの」

「オレだからこれくらいですんだのだぞ!わかっているのかお前は!! 」

「知るか!!おめェが全然戻ってこねーから、新開が腹減った腹減ったうるせーんだよ!パワーバー食ってんのにだぞふざけンな!」

それは半ば八つ当たりでは、と思いながら、深空は自分にも責任の一端くらいはあるような気がして恐る恐る口を開く。

「ご、ごめん荒北くん。東堂くん、わたしと話してたから、」

「深空のせいじゃねーよ、このバカのせいだから気にすンな」

「バカではないな!そんなことを言うと、」

その先に続くはずだった「東堂庵特製の茶と茶菓子はやらん」という言葉が発せられることはなかった。はた、と突然東堂がそこで言葉を切ったからだ。
荒北と深空は訝しげな、そして少し心配げな視線を向けた。東堂はといえば、手に持った風呂敷包みと深空を見比べている。

「深空さん、今暇か?」

「え、いやえと、さっきの話、聞いてた?」

「は、そうだった!生徒会の仕事があるのだったな」

「それってェー、生徒会室じゃねーとできねェの?」

「え、パソコンあればどこでも…」

そのとたんぱっと表情を輝かせる東堂と、にやりと笑う荒北と、不安げな深空の図ができあがっていた。


× × ×


東堂が扉を開けた先では、新開が机に突っ伏していた。自転車競技部の部室である。

「隼人、待たせたな!しかし!待った甲斐は充分にあるぞ!! 」

「…?」

情けない顔を上げた新開の視線の先で、東堂の後ろから書類を抱いた深空が顔を覗かせた。その後ろに荒北が続く。

「お邪魔します」

「蒼ちゃん?」

「えーと、お茶に誘われて…」

「男だけではむさ苦しいだろうと思ってな!わはははは!」

「うるっせーンだよ、おめェは。でもまァ、そういうこった」

それを聞いた新開は、嬉しそうにヒュウと口笛を鳴らした。


「あーしあわせー」

東堂の手によって並べられた、東堂庵特製茶菓子と日本茶に深空以下2人がため息をつく。東堂も満足そうに湯のみに手を伸ばした。

ふう、と天井を仰いだ深空が、ふと室内を見回す。

「今日って、他の人たちは?3人だけ?」

「ああ、今日は秘密特訓なのでな」

「え、じゃあわたし戻るよ!食べるだけ食べて、っていうのはなんか申し訳ないけど…」

慌てて腰を浮かせた深空を、荒北が「いーんだよ」と引き止める。そして東堂をひと睨み。

「紛らわしい言い方してンじゃねェよ」

「なぜだ?間違っていないではないか」

「深空、部活紹介の練習だから気にすンな」

「そうそう、蒼ちゃんはゆっくりしてってくれよ」

「パソコンも好きに使ってくれ」

3人にそう言われ、深空は改めて腰を下ろす。
そして自転車競技部の部活紹介内容はなんだったろうと、手元の資料をめくった。
真面目な福富が部長なだけあって、けっこう早めに提出されていた覚えがある。

「部員による3本ローラー勝負…って、どうやるの?」

深空が書類を読んで首を傾げる。
3本ローラーはその上で自転車を走らせる器具で、深空の認識ではほぼランニングマシンだ。それで勝負とは、誰がいつまでやっていられるか、くらいしか浮かばないが、前に荒北に2時間以上乗っていたと聞いたことがある。それだと時間がかかりすぎだ。

「ローラーとロードを使うテレビゲームがあってだな、あ!ゲームといってもコースによって負荷もかかる優れものなのだが、」

「ンな説明でわかるわけねェだろ」

「なぜだ!? すごいのだぞ!オレが巻ちゃんに頼み込んで借りてきたのだからな」

「頼み込んだというより、尽八の勢いに裕介くんが根負けしたように見えたけど」

そう笑う新開に、深空はまだ見ぬ裕介くんとやらが不憫になった。とはいえ、最近はなんでもあるんだなと感心する。どうやら太鼓ゲームの太鼓や、レースゲームのハンドルの要領で、3本ローラーと自転車を専用のコードでゲームに繋ぐらしい。バカでかいコントローラーもあったものだ。
備品申請の巨大スクリーンは、画面を映すためだろう。
テレビのバラエティ番組かと、ツッコミのひとつも入れたくなる。

「ん…?でもローラーならわざわざ3人で秘密特訓する必要ある…?」

「ふっふっふ、よくぞ気づいてくれた深空さん!」

不敵に笑う東堂が、おもむろにプレーヤーのリモコンを手に取った。再生ボタンが押され、テレビに見知らぬ3人の男の子のダンス映像が映し出される。
アップテンポの曲に合わせてしなやかに動く体にただ感心していると、ふと頭の中で線が繋がった。

「…ん?…え、え、まさか秘密特訓ってこれ!? 」

「そ。そのまさかァ。福ちゃんがハンデが必要だっつって、オレらだけゲーム前に本気で踊らされるっつーわけ」

「こんな激しいダンスしてから自転車こぐって、それ大丈夫なやつ!? 」

「寿一のオーダーなら仕方ないな」

「ふふふふふふ、まさに!オレのための時間だろう!」

「おお…東堂くんはやる気しかないね…」

瞳を輝かせる東堂に、仕方ないと言いながらも楽しそうな新開と荒北。
これはもしかすると、当日までに整理券の準備をしておいた方がいいかもしれないと、深空は真剣に悩む。

「と、ここで深空さんにひとつお願いがあるのだが」

口を開いたのは東堂だが、なにを言うかは他の2人も承知のようだ。

「え、整理券?」

「整理券…?」

「あ、ごめん、こっちの話」

不思議そうな顔をする3人に手を振り、続きを促す。

「どの曲で踊るか、まだ決まってなくてさ」

「まーァ、とりあえず2つまで絞ったけどォ」

「今から踊るからどちらがいいか決めてくれ」

じゃ、とさっさとスタンバイを始める3人に、深空は目を瞬かせる。

「え、どっちがって…」

自分がなにを頼まれたのかもよく理解できないまま、音楽がスタートしたかと思うと3人がリズムを刻み出す。
まずはテレビで見た曲だ。

――はぁ、すご…さっきの映像の人たちより体動いてない…?……そんで、なんかいつになく楽しそうで…かわいいな…。

キャッチーな曲を口ずさみ、立ち位置を変えながら手や足を巧みに操る3人は、表情までくるくる変わる。
あっという間に1番が終わると、次の曲へ移行した。
今度は少しスローで、異国チックな少し女性的な雰囲気の曲だ。

――て、え…、

曲が始まると、その場の雰囲気がガラリと変わった。元気な男の子といった様子だった3人が、しなやかで柔らかな動きになる。どこかしら色気まであるような。
指先や腰の動き、流される視線。

――ち、ちょっと待って!なんかすごいエロいんですけど!! ええええ、なにこれなにこれなにこれなにこれぇ!!?

東堂のウインクに新開の唇を舐める仕草、荒北の憂いを帯びた笑み。
それが全て自分だけに向けられている状況に、顔が火照る。お前ら本当に男子高校生か。

――これはやばいっっ…っ!

転げ回りたくなるのをどうにか堪え、なんの罰ゲームだと心で悶える。今後彼らを見る目が変わってしまいそうだ。
そんなこととはつゆ知らず、踊り終えた3人は深空の前に立った。

「どうだ?深空さん」

「え、あ、うん、すごかった…」

「にしてはテンション低ィな」

「気分悪い?」

ある意味悪いとも言えず、引きつった笑いを浮かべる深空に、東堂が手を伸ばす。

「そういえば顔も赤いようだが、」

「ぎゃあ!」

そっと触れられた手のひらに飛び上がらんばかりの反応をする深空に、3人は驚いて目をみはる。

「ごごごごごめんっ」

「お前ェ、ほんとに大丈夫か…?」

「だだだだだいじょうぶ!」

深呼吸をして気持ちを無理やり切り替え、深空は続ける。

「そ、それにしても1番だけだっていっても、あれだけ踊って息ひとつ切れてないとかすごいね」

「普段の練習に比べたら軽いな」

それならハンデにならないのでは…と思うが、人集めには多大な効果が期待できそうだ。

「で、蒼ちゃんはどっちがよかった?」

3人から期待のこもった視線が向けられる。

「どっちもよかったよ、けど、」

「そうだろうそうだろう!なんでも様になって困るな、わはははは!」

「いや、深空の話終わってねェよ!」

「けど、どっち?」

「ぜっっっっ、」

ぐ、と力を入れて深空は3人を見つめる。

「っったい!! 最初っ!」

「うむ、そうか?よくわからんが深空さんがそこまで言うならそうしようではないか!」

――あんなの学校のイベントで見せられるか!

深空の心の叫びは誰にも届かないが、自分の意見が通った様子の3人を見て、学校やPTAからお叱りをもらう心配はひとまず防げたようだと胸をなでおろす。

ちなみに、福富は審判のためダンスもゲームも不参加とのこと。


「なあ、当日勝ったヤツが蒼ちゃんとデート、だったよな」

「その通りだ!まあ、勝敗は決まっているがな。たとえお前たちでもこのスリーピングビューティに敵うわけがないだろう、わはははは!」

「お前ェが勝つことだけは絶対ねェーよ」

「なんだと!?」

「そもそも勝ったところで、デートできるかどうかは蒼ちゃんに聞いてみないとわからないけどな」

「「……」」


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