2年生新開
オレは今日、とてつもない罪を犯した。
ウサ吉、と後に名づけることになるうさぎをひとまず連れ帰ってきたオレは、人目を避けるように寮の裏で壁に背を預け、ぼんやりと座り込んでいた。
自分がなにをしたのか、今までなにをしてきたのか、よくわからなかった。いや、なにをしたのか、はわかりきっている。
コイツから大事な人を奪った。
コイツの大事な人を、殺したんだ――。
「…どうしたの?調子悪い?」
ごめん、なんて、陳腐すぎる。でもそれ以上の言葉を知らなくて、オレはただ仔うさぎを抱いて俯くしかなかった。
「君、だいじょうぶ?」
肩を軽くつつかれて、自分の前に人がいることに初めて気づく。
「、あ…」
顔を上げたオレはそんなにひどい顔をしていたのか、目の前の女の人は目を丸くした。
どこかで見たことがある気がしたけど、うまく頭が回らない。
オレは胸元で動いた仔うさぎに、再度視線を向けた。
「そのうさぎ、君の?」
「いや、………あ、…そう、かな」
「寮で飼ってるの?」
「………」
「…飼いたいの?」
小さく首を縦に振ると、んー、と彼女は小さく呟いた。
「立てる?」
「……」
「その子の居場所、必要でしょ?」
かけられた言葉を理解するまで、少しだけ時間がかかった。顔を上げると、彼女が静かにオレを見下ろしている。
「部屋で飼うわけにもいかないでしょ?ほら、立って」
差し伸べられた手をそっと掴み立ち上がる。彼女の小さくて柔らかな手の感触が、やけに生々しい。
向かい合ってよくよく彼女を見ると、病院や銀行のお姉さんが着るような、ベストにスカートという格好をしている。
そういえばこの人、寮の管理人室にいたような。
「あそこ、わかる?」
「あそこ…?」
指差されたのは、今いる場所から5メートルくらい離れた雑草の生い茂っているあたり。
「あそこね、小さいけど鶏小屋があるの。あれ、うさぎ小屋、だったかな?まあどっちにしても、あの雑草どうにかしないと」
「使っていいって、こと…?」
「誰も来ないからね。かわいいうさぎが1羽現れたって、問題ないんじゃないかな」
コイツのためなら、それくらいなんの苦でもない。オレにできることなら、なんだってやってやる。
気づけば彼女の姿はなくなっていた。お礼の一つも言わなかったことに申し訳なさを感じながら、さっそく作業に取り掛かる。
草をかき分けて見つけた小屋は思いのほか小さいけど、仔うさぎ1羽が暮らすには十分そうだ。その周りの伸びに伸びた雑草をむりやり引っこ抜く。陽が沈み切る前に、とにかくコイツを小屋に入れられるようにだけはしたい。
しばらくするとどうにか小屋の入り口が開けられるようになり、中のゴミを掻き出して寮からバケツを持ってくる。途中ちらりと管理人室を覗いたけど、彼女の姿は見えなかった。
ぶちまけた水が陽の光で乾いたところで、仔うさぎを中に入れた。
次は小屋の前をもっときれいにしないと。
「こらこら、素手でそんな力任せにしたら危ないでしょ」
無心で草の山を積み上げていると、背後から声がかかった。言葉的には呆れているようだけど、あまり感情は感じられない。
額の汗を拭って振り向くと、女の人が立っている。さっきの人だとしばらくわからなかったのは、彼女がキャメル色のニットに黒のパンツ、ニットと同系色のショートブーツという格好だったからだ。
気づけば陽は西に傾き、夜へと変わろうとしていた。
「はい、軍手」
投げて寄越された丸まったそれを受け取ると、彼女はオレ越しに仔うさぎが小屋に入っているのを見て、「おー」と感情に乏しい声を上げた。
「すごいね、1人でそこまでしたの?」
聞いた割には答えを求めてはいないらしく、肩にかけたカバンをためらいもなく地面に置いて、ポケットから取り出した軍手をはめるとオレの隣にしゃがみ込んだ。と思ったら、「忘れてた」と立ち上がり、壁際に置かれたけっこうな大きさのレジ袋を2つ持ってくる。
がさがさと引っ張り出したのは、おがくずと牧草、うさぎの餌。
「まだ小さい子でしょ?おがくず敷き詰めてあったかくしたほうがいいんだって。あと牧草とごはん。あ、お水は後であげてね」
オレに牧草の袋を渡して、彼女はおがくずをざあっと広げる。
「小屋の前、もう少しきれいにするんだよね?」
呆気にとられるオレをよそに、またしても答えも聞かず、彼女はさっさと手を動かし始める。
動物が好きなんだろうか、と彼女の横顔を盗み見ても、感情は読み取れない。
とりあえずの一区切りがついたのは、それから約1時間後。思ったよりずいぶん早く終わった。
「あの、ありがとうございました」
「あ、いえいえ、どういたしまして」
頭を下げたオレに、彼女は礼を言われることはしていないとばかりに左右に首を振る。
小屋を覗いた彼女は仔うさぎに優しい眼差しを向けてから、オレへと向き直った。
「じゃあね」
淡々としていた彼女が、ふいに綺麗に微笑む。なぜだか目が離せなくて、オレは彼女の背中が見えなくなるまで立ち尽くしていた。
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Around and around*