3年生東堂


やはり風呂は気分がいい。
ロードで走ったあとなら尚更だ。しかも今日は練習を早く切り上げたからか、寮の風呂は貸し切り状態だった。

「日本人なら湯船に浸からねばな!」

肩にタオルをかけ浴場を跡にする。自然に鼻歌が出るが、残念ながら観客はいなかった。
部屋に帰ったらすぐに巻ちゃんに電話をせねば、と思いながら廊下を曲がるのと、胸に軽い衝撃を感じるのが同時だった。

「っ?! 」

「わ」

感情のこもらない声には聞き覚えがある。突き飛ばしてしまった相手に、とっさに手を伸ばしていた。

「あ、東堂くん」

「…深空さん…」

オレの胸元から顔を上げたのは、思った通り寮の事務員さんである深空さんだ。

「びっくりした」

言葉と感情がここまで一致しない人も珍しいと常々思ってはいるのだが、そんなことより今は思わず抱きしめる形になってしまったことに動揺する。
彼女に触れている手のひらや腕、脚、体全てが、柔らかな感触を逃してなるものかと勝手に感覚を研ぎ澄ませる。華奢な体は少しでも力を入れると壊れてしまいそうだ。

「すすすすすすすまない!! 」

「いえ、こちらこそごめん」

「け、ケガはないだろうか」

つい両手を上げてなにもしてないアピールをしてしまった。オレともあろうものが。
認めたくはないが動揺しているオレを知ってか知らずか、深空さんはしばらく一点を見つめて手を伸ばした。

「ごめん、東堂くん」

「な、なにがだろう」

深空さんの細い指がオレの鎖骨を撫でる。

「っ、」

天が二物どころか三物も与えたスリーピングビューティのオレが、なぜか深空さんに限っては調子が狂う。
今も触れられたところが熱を持つようで、なんとも言い難い気持ちになった。

「ここ、グロスついちゃってる」

「そそそそそれくらい気にしないでくれ、深空さん」

待て、ということは、オレの鎖骨に深空さんの唇が――。

「でも、べっとりしてるから、」

「だだだだいじょうぶだ!それより深空さん!どこかに行く途中だったのではないか?! 」

頼むから早く離れてくれ!いや、厳密にいえば離れてほしくはないのだが、ぐう、なんという矛盾。

「あ、そうだった、お風呂にボディーソープ補充に行かなきゃ」

「風呂…」

「少なくなってるって、連絡が来てたから」

管理人さんの手伝いまでこなす深空さんはなんと仕事熱心な、と感心するより先に、もし深空さんの行く先に誰かがいて、もし今と同じ状況になったら…、と知らず頭が働く。
いや、もっと悪い状況になることも考えられる…。

「ならん!ならんよ!」

「え?」

「あ、いや、お、オレが補充してこよう」

「え、でも、」

「ちょうど今から風呂に行く予定だったのだ!」

と、いうわけで、オレは再度風呂へと向かうのだった。

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