2年生荒北


「おっちゃん、接着剤ねェ?できれば一瞬でくっつくや、つ、」

管理人室のドアをためらいもなく開けた先に、管理人のおっちゃんはいなかった。
代わりに女が1人、パソコン画面から顔を上げた。

「あ?管理人のおっちゃん、いねェの?」

「今日は用事があるとかで、今出てったところだけど…」

「あー、じゃいーわ」

どーせ東堂のカチューシャぶっ壊しただけだしな。接着剤でくっつけたところで、ぎゃあぎゃあうるせーのをいつか聞くはめになるのは、今までの経験からわかりきっている。

「あ、ちょっと待って、荒北くん」

回れ右したところで、椅子から立ち上がった女の声に立ち止まる。
声にっつーか、その口から出たオレの名前に。
瞬きをしたオレに、彼女は再度口を開く。

「荒北くん、でしょ?」

「あー、そうだけどォ、なんで知ってンの」

オレはアンタのこと知ってっけど、と心で思う。
知ってるっつっても、管理人のおっちゃんや食堂のおばちゃんたちと話してるとこ見かけたり、学生に挨拶してるのを横目に通り過ぎたりしたくらいだけど。

「去年の寮長さんから、色々聞いてるから」

「ふーん」

あの寮長、なにを垂れ込んでンのか知らねェけど、母親かっつーくらいうるさかったから、あの勢いでベラベラしゃべってんだろ。
まあ、なんだかんだ世話になったから別にいーけど、できればいい印象を与えてくれてたらありがてェ。…むりだろな。

「荒北くんのこと、心配してたよ」

「ちゃんと進学できたのか?寮長」

「大学合格の報告に来てくれてたから、たぶん大丈夫」

「ふーん」

そこまで気になってたわけじゃねーけど、と思いながら、深空と書かれた胸のネームプレートに目を走らせる。
おっちゃんから蒼ちゃんなんて呼ばれてるのを聞いたことがあったけど、ちゃんよりさんって感じだよな。

「接着剤だよね」

壁に設置されたラックの中を漁って、オレの前に戻ってきた深空さんの手には3本のチューブが握られていた。
そしてそのパッケージを1本ずつ確認していく。その仕草をじっと観察して、やっぱきれーな人だなと思う。

「あ、これ、速乾性だって」

「どーも」

差し出された接着剤を受け取っても、深空さんはオレを見上げている。

「…なんだよ」

「髪の毛、すっきりしたね」

「…ああ、まあ」

去年の寮長を知ってるってことは、去年のオレも知ってるっつーことか。うれしいような悲しいような。

「似合ってるね」

「…どーもォ」

深空さんは眩しそうに目を細めて、足元へ視線を落とし、小さくよかったと呟いた。
うれしそうに見えるのは、オレの願望だろうか。

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