3年生東堂
人の関係は、いつしか終わる。ずっとこのまま、と思ったところで、変化しないものなんて、何もないのだ。
今日、巻ちゃんがイギリスへと旅立った。好敵手が日本にいないという事実だけで、オレの中の何かがごっそり抜け落ちた。
そんな内心を押し隠して普段通り過ごせたはずの今日も、あと残り30分というところでどうやら限界を迎えたようだ。
スマホで呼び出した彼女の名前をしばらく見つめ、3コールでつながらなければ諦めると自分に言い聞かせる。彼女のマンションの下まで来てしまっているくせに、何をいまさらと思いながら、スマホを耳に当てた。
つながらないでくれという思いと、つながってくれという祈りが、ぐちゃぐちゃと胸の内をかき混ぜる。
プルルルル
1コール。
プルルルル
2コール。
「はい」
知らず、ひゅと息をのんでいた。いつも通り表情に乏しい彼女の声が、今日はいつもの何倍も愛おしい。
「東堂くん?」
「、こんな、夜分にすまない」
絞りだすような声しか出せない自分に、は、と笑いが漏れた。
「なぜこんなときに限って、つながってしまうのだろうな」
「…東堂くん」
「、つながらなければよかった」
どうして?と尋ねる微妙なニュアンスで心配されているのだとわかるなんて、オレはどれだけこの人のことが――。
「…声を聴いてしまえば、どうしても会いたくなってしまう…」
オレのすがるような声に、電話の向こうで空気が震えた気配がした。
「、今、どこ?」
少しだけ嫌われるだろうかと思ったものの、正直に下にいると伝えると、待っててと彼女にしては慌てたような答えが返ってきて電話が切れた。
ぼんやりと暗い画面を見つめていると、すぐに彼女がエントランスを駆けてくる。彼女が存在しているという事実が、荒れた心を少しだけ落ち着かせた。
「、東堂くん」
一瞬表情の固まった彼女に、今オレはどれだけ酷い顔をしているのだろうと思う。
「すまない、もう寝るところだったのではないか?」
「そんなの関係ないよ」
化粧を落としていつもより幼く見える彼女は、うまく笑えないオレの腕を取ると、いいから早くと部屋へといざなった。
ソファへ座ったオレの前に立った蒼さんに、両頬を優しく包まれ、上を向かされる。オレを見つめる彼女の瞳は、とても静かだ。
事実を口にするのが苦しくて、ぐ、と眉根に力が入る。
「巻ちゃんが、」
蒼さんはそれだけでなにがあったか悟ったらしい。巻ちゃんが留学することは話していたから、勘のいい彼女が察したのは当然かもしれない。それでもオレは、傷口をえぐるように続けた。
「イギリスに、行ってしまった」
ふ、と蒼さんが表情を緩ませる。がんばったねと言わんばかりに彼女が髪をすいていく。
「だいじょうぶ。今は遠くなっちゃって苦しいだろうけど、形は変わってもずっと続く関係だってあるよ」
「、そうだろうか…」
「東堂くんより年食ってるわたしが言うんだからほんと」
この人も、同じような経験をしてきたのだろうか。そのとき彼女のそばには誰がいたのだろう、とちくりと胸が痛んだ。
「…それでも、オレがそんな関係を築けるかはわからないだろう?」
「わかるよ。東堂くんは、巻島くんとも箱学のみんなとも、ずっとつながっていられる」
「なぜだ?」
そう尋ねると、蒼さんは微笑んだ。吸い込まれるように、その瞳の奥を見つめる。
「短いかもしれないけど、東堂くんを見てるんだよ?そのわたしが言うんだから、だいじょうぶ」
その理由に力が抜けた。
「ふ、なんの根拠もないではないか」
「根拠がないと信じられない?」
「……いや。蒼さんがそう言うなら」
本心からそう思えた。彼女が言うことなら、きっとオレは盲目的に信じてしまうのだろう。
心が軽くなるのと同時に、それじゃあオレと彼女は…と次の不安が浮上する。
「…オレと蒼さんも、そうあれるだろうか?」
どこか遠くに想いを馳せるような表情をした蒼さんが今にも消えてしまいそうで、オレは慌てて彼女を引き寄せ抱きしめる。逃すまいとしたはずが、華奢な体がよけいに不安を増長させた。
「お願いだ…オレのそばから、いなくならないでくれ…」
そう懇願し、蒼さんの唇にそっと自分の唇を押し当てる。ゆっくりと応えてくれる蒼さんに安心し、その柔らかな感触を堪能する。
「…ん、…とうど、くん…」
「、は…」
口づけの合間に呼ばれる自分の名前さえ飲み込んで、ようやく唇を離すと、肩で息をした蒼さんが濡れた瞳でオレを見つめた。
「…すまない、オレは…」
「だいじょうぶ」
ふいにオレを抱きしめた彼女の声が、鼓膜を震わせる。
「東堂くんが必要としてくれるなら、わたしはどこにも行かない。だいじょうぶだよ」
「蒼さん、」
きつく抱きしめ返したオレが落ち着くまで、彼女は大丈夫だと囁き続けた。
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Around and around*