3年生荒北
只今清掃中。
風呂場の前に立てかけられた札にチッと舌打ちして、少し考える。
体育祭の2種目目、障害物競走に駆り出されたのはまあ、いい。ただ飴玉探すのに小麦粉の中に顔突っ込むハメになるわ、そのあと飲もうと思ったベプシが開けた途端噴き出すわ、散々だ。
部室のシャワールーム使うって手もあるが、どうせなら風呂に入って昼過ぎまでゆっくりしてやろうと寮に帰ってきたら、これだ。
掃除中だっつっても、入れねーワケじゃねーだろ。最悪浴槽に湯は入ってないかもしれねーケド。
まあとりあえずどんな感じか見てからだ。
と、清掃中の札を無視して風呂のドアを開ける。むわっと高湿度の空気と風呂特有の匂い。
「おっちゃん、風呂って――」
「んん?」
「、ッ!!!!! 」
四つん這いになってケツを突き出す格好の深空さんが振り返る。白いTシャツの上からでもわかる細くくびれた腰とか、膝上まで裾をまくり上げた黒のスウェットが包む形のいいケツとか、はたまた普段は見ることのできない足の裏にまで、とにかくその全てに釘づけになる。
待て待て待て待て!!
なんでアンタがここにいンだよ!!! つか、そのカッコ!!!
「ふう、荒北くん、体育祭は?」
額を腕で拭いながら立ち上がった深空さんが、ベチャベチャと間抜けな足音をさせてオレへと歩み寄る。
普段のベストにスカートとは180度イメージの違うその格好は、どう見ても男物だ。オレのじゃねーのが悔しいけど、すげーそそる。
「…そ、そのカッコ」
「あ、これ?お風呂掃除するって言ったら高橋さんが貸してくれた」
「はァ?あのおっさんのかよ」
高橋っつーのは、寮の用務員のおっさんだ。おっさんっつっても30代だか40代だかで、優しそうでたぶんいいヤツ。なんだろうけど、なんとなく深空さんを狙ってそーで気が抜けない。
にしても、両手と膝に泡をつけたままの深空さんはいつもより無邪気に見えて――。
「荒北くんは体育祭どうしたの?」
「…かわエロい」
「え、なに?」
理解できなかったらしい深空さんが首を傾げる。
「ぬ、抜けて来たンだよ悪ィか」
本音が漏れたことに気づいたオレは、むりやり話を元に戻してごまかす。ありがたいことに深空さんは深追いせず、オレの頭から足へと視線を走らせた。
「その服の染みのせい?どうしたの?」
「ベプシが爆発した」
「ふふ、災難」
珍しく楽しそうに笑う深空さんに、他人事だと思ってとぼやくと、よけい笑われた。いや、もう深空さんが笑うならなんでもいーわ。
「ちょっと待ってね、あと流したら終わりだから。すぐお風呂入れるよ」
湯船に湯がはられているところを見ると、深空さんの言う通り、洗い場の掃除が終わればすぐにでも入れるんだろう。シャワーを出した深空さんが、オレに背を向けて隅から丁寧に泡を流していく。
「つかなんで深空さんが掃除してるわけェ?」
「今日体育祭でしょ?管理人さんだって、みんなが頑張ってるところ見たいだろうなって思って、途中で変わったの」
「はーん…深空さんは来ねーの?」
アンタが見てンなら、少しくらいがんばってもいーけど。
「午後少し覗きに行くよ」
やる気が出てきたオレに、深空さんは「でも」と背を向けたまま続ける。
「荒北くんの障害物競走、見たかったな」
「…ダセェからいい」
シャーシャーとうるさいシャワーの音に消えてしまってもおかしくねーのに、深空さんはしっかりオレの言葉を聞き取っていて、「よけい見たかった」と笑う。
クソ、かわいいな。
腕を左右に振って丁寧に泡を洗い流しながら、深空さんが徐々に近づいてくる。
オレとの距離があと数歩というところで、突如彼女が足を滑らせた。
「ハァ?! 」
「う、わ」
慌てて深空さんの左腕をつかみ、腰も支える。それにしても、こんなはっきりした発音のう、とわ、を聞いたのは人生初だ。
シャワーをしっかり握ったままの深空さんに、よかったと思う間もなく、彼女の匂いにくらりとする。場所が場所だからか、風呂上がりのように香りが増幅されてる気がする。
「ごめん…助かった」
眉を下げてオレを見上げる深空さんの、そのアングルはやばい。今すぐその口塞いで舌ねじこんでやりてェ。
誘われるように細腰を引き寄せようと思ったら、かわいらしい口が言葉を紡ぐ。
「荒北くん、午後はなにに出る?」
「…は?」
突然の話題に怪訝な顔をすると、「体育祭」と期待のこもった目を向けられる。
いやいや、今こっちはそれどころじゃねェよと思ったけど、応援するねと微笑まれたらもうこっちの負けだ。
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Around and around*