3年生新開
日曜の夕方、部活の終わったオレは学校の図書室へ向かった。万年金欠の身としては、ただで本が借りられる図書室はありがたい。読みたい新刊がすぐ入ってくるわけじゃないけど、読書欲を満たすには充分だ。
休日の図書室は静かだった。生徒どころか、先生の姿すらない。カウンターには内線電話が置かれ、必要なときには連絡できるようになっている。
新刊コーナーや小説をしばらく見て回っていると、ガラリとドアの開く音が響いた。
誰が来たのかと好奇心が芽生え、棚の間から顔を覗かせると、そこにいたのは寮の事務員である深空さんだった。
「深空さん?」
「あれ、新開くん。奇遇だね」
胸に分厚いハードカバーの本を抱いた彼女が、オレのそばに寄ってくる。
「深空さんもここ使ってるのか?」
「一応関係者だから、使っていいって言ってもらってて…。ありがたいよね、図書室って」
「同感」
そう笑い合って、お互いがお互いの持つ本に目を走らせる。オレは推理小説。深空さんは…児童書?
「バリーポッター読んだ?」
表紙をこっちに見せて、深空さんが首を傾げる。言動にあまり感情は見えないくせに、いちいちかわいらしく見えるのはオレがおかしいからなのか否か。
彼女は「わたし途中まで読んでたんだけど、すっごい人気が出ちゃって中断してたんだよね」と、懐かしそうに本をなでた。
「その気持ち、オレもわかる」
「本当?それはうれしい」
自分が見つけたものをいいと言われると、せっかく見つけた自分だけの宝物が、横からかっさらわれたような。他人に認められるのはいいことなのに、なんだか悔しいような。そんな感情はオレにも心当たりがある。すぐ目の前にも。
「これ映画化したでしょ?新開くん、見た?」
「ああ、見た。深空さんは?」
「これ読んだあと見たよ。パックビークわかる?」
彼女が言っているのは、その本に出てくる、体の前半分がワシで後ろ半分が……なんだったかな?まあ体の半分ずつが違う動物で形成された生き物だ。
「半分鳥のやつだろ?」
「そう。わたしね、あの子好きなんだ」
ウサ吉を見るときみたいな優しい顔をする深空さんを、赤い夕日が包む。やっぱりこの人は動物が好きなんだろう。
「あの子に挨拶して、こうやって――」
すっと伸ばされた手が、オレへ伸びた。
柔らかなマシュマロみたいな手のひらは、小さいくせになんだかとても心地いい。
「…なでるの」
そう言って彼女は、言葉通りオレの頬をゆっくりとなでた。
慈しむような表情と動作に、どくん、と心臓が一際強く鼓動を打ち、呼吸が苦しくなる。
落ち着け、深空さんは今オレを見てるわけじゃない。
とは思っても、好きな人に触られて平常心でいられるわけがない。
「深空さん…」
その柔らかな手を取って、抱きしめたい。
「それでね、背中に乗せてもらって空飛ぶの」
さっと手を引いた深空さんが、今度はたぶんちゃんとオレを見て楽しそうに笑った。彼女に触れようとしたオレの左手は、無常にも空を掴む。
「子どもっぽい?」
「いや…」
オレの歯切れが悪いからか、はたまた間抜けヅラでもしていたか、深空さんはぱちぱちと瞬きをした。
「どうかした?」
「いや…敵わないな、と思って」
さっきみたいに見つめられるなら、変な生き物を重ねられるのも、あながち悪くないかもしれない。
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Around and around*