3年生荒北
箱根学園男子寮ロビーに、今日は竹が我が物顔で突っ立っていた。笹の葉さらさらの日である。
高校生にもなって七夕かよ、と思いはしたけど、思った以上に笹には短冊が飾られている。
覗いた食堂の隅のテーブルには短冊とペンが用意され、そこいらで願い事を書いてるやつらがいた。
「願い事ねェ…」
なんとなく蒼さんの顔が浮かんで、会いたくなった。コンビニでプリンでも買ってったら喜ぶだろーか。
と、そんなことを思ったらいてもたってもいられなくなったオレは今、蒼さんちにいる。
「荒北くん、ごはん食べてくよね?」
突然訪ねたってのに、嫌な顔ひとつ見せない蒼さんがキッチンからオレに尋ねる。
「え、あ、や、それは悪ィっつーか…」
こんな夕飯時に押しかけたことを申し訳なく思うのと、蒼さんの手料理が食えるのをうれしく思うのとで、しどろもどろになるオレに、彼女は苦笑した。
「遠慮しないの」
じゃあ、と言うと、蒼さんは冷蔵庫をあさって、あっという間に夕飯を作り上げる。
「ごめんね、そうめんと唐揚げなんて変な組み合わせになっちゃって」
皿をテーブルに並べながら、彼女が苦笑する。
「や、オレがいきなり来たから、その、オレこそ悪い…」
「もー、それはいーの。1人だと七夕を理由にそうめんだけっていう、めちゃくちゃ手抜きになる予定だったから、むしろありがたいくらいだよ」
そういえば七夕ってそうめん食べる日って知ってた?と笑う蒼さんに、なんだか胸の奥があったかいようなこそばゆいような気になる。
「そーいや寮の笹、けっこー短冊吊るしてあったな」
ふと思い出して呟くと、彼女はなんだか困ったような顔をした。ような気がしたけど、すぐにいつもの穏やかな表情に変わった。見間違いか?
「あ、男子寮も?女子寮もけっこう飾ってあったよ。恋愛のお願いがほとんどだったけど」
「はーん、まあどーせオレには関係ねェけど」
「…あったよ?」
いつもよりトーンの低い声に顔を上げる。口元に笑みを浮かべてる蒼さんが、なんだか悲しそうに見えた。
「…、なにが」
「荒北くんのファンの子の短冊」
「は?オレ?いやいや、新開や東堂ならまだしもそれは、」
ない、と告げても彼女の表情は晴れない。
「そりゃそうだよね、荒北くん好きな子、そりゃいるよ、うん」
うん、と自分を納得させるように何度も肯く蒼さんが辛そうだっつーのに、オレは最低なことにそんな彼女がたまらなく愛おしく思えて、気づけば抱きしめていた。
「あ、らきたくん…」
「悪ィ、めちゃくちゃうれしい」
いつもいつも彼女の背中は遠くて。すぐにどこかに行ってしまいそうで。オレは早く大人になりたいと焦って。
だけど時間は誰にでも同じように流れていく。オレが大人になったところで、蒼さんとの距離は縮まらない。そんなことわかってる。
「…荒北くんには、わたしなんかじゃないほうがいいのかもしれないよ?」
そんな不安ばっかだったのはオレだけじゃないんだと、絞り出すようにそう告げる声で気づいた。
「オレはアンタがいい」
彼女を抱きしめる腕に、自然に力がこもる。
「…蒼さんは、オレじゃだめかよ」
「、荒北くんじゃなきゃ、やだ」
細い腕が背中に回されて、オレは彼女の隣にいていいのだと、少しだけ実感できた。
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Around and around*