会社員荒北


変わらぬメンツ変わらぬ環境の中、本日もいつもと変わらぬ仕事を淡々とこなしていく。
ここ営業部では皆が忙しなく働き、事務のわたしもそれなりに仕事に追われていた。
営業社員には数人単位で1人、わたしたち事務が担当としてつき、書類管理や事務手続きを請け負っている。
成績上位の社員がかぶってあたってしまった子は毎日遅くまで大変そうだが、幸か不幸かわたしはそこまでではなかった。

「深空チャン、今いいかァ?」

顔を上げると荒北さんが立っていた。ちょうどパソコンを打つ手を止めたところで声がかかったということは、タイミングを見計らってくれたのかもしれない。
女子社員の間では怖いと有名な彼だが、実はちゃんと気を遣える人だ。
もちろんそれだけでなく、成績も毎回1・2を争っている。

「あ、はい大丈夫です」

頼むと渡された書類を、誰にも見られていないか確認しながら受け取る。
担当ではない彼の書類をわたしが処理したなんて、本来の担当の彼女からしたら面白くない話だろう。
自担当不在の場合、急ぎのものは事務の誰に頼んでもよいというルールはあるが、荒北さんの担当は少し席を外しているだけで不在ではない。もちろんそれは彼自身も知っているはずだ。
だから書類を渡すとき、少しだけ声のトーンが落ちるのだろう。
あまりよろしくないと知りながら何度も彼の依頼を受けてしまうのは、「仕事が早くて確実だ」という言葉にわたしが優越感に浸っているからにほかならない。

「あ、あとコレェ」

「え?」

ぽいと投げ寄こされたのは、コンビニでもお馴染みのシュークリームだった。
お礼を言うと、ついでだ、とぶっきらぼうに返す荒北さんに自然に笑みが浮かんだ。


× × ×


就業時間が終わったロッカールーム。
合コンだなんだと急いで帰るグループを見送って、閑散とした部屋を少し寂しく思いつつ自分も着替え終わったころ、背後のドアノブが回る音がした。さっきまだ残っていた人がいたから、誰か仕事が終わって着替えに来たのだろうと特に気にもせず荷物をまとめる。

「深空チャン」

「 !? 」

ここで聞こえるはずのない声に慌てて振り向くと、荒北さんがポケットに手を突っ込んで近づいてくるところだった。
なんで、と言うより、彼が口を開く方が早かった。

「うまかったァ?シュークリーム」

「え、は、い、ありがとう、ございました…」

彼は笑ってヨカッタヨカッタと言いながら、わたしの前で足を止めた。

「あの、ここ、女子更衣室で…見つかったら、怒られちゃいます、よ」

「大丈夫だヨ、鍵かけたからァ」

今この人の言った言葉が、うまく理解できない。
鍵を、かけた…と言ったのか。
鍵のかかった女子更衣室に、わたしと、彼と、2人きり。
目の前でわたしを見つめる彼の瞳はいつもと変わらないはずなのに、とても鋭く見えた。
逃げろと警告を鳴らす頭とは対照的に、射すくめられたように体は動かない。

「オレにも喰わせろよ」

「あ、こ、んど、お返しに、何か、」

ガシャン!

わたしの顔の横に彼の腕が見え慌てて体を引くが、すぐ後ろにあるロッカーに背中が当たるだけで終わった。
鼻がつくほど近づいたわたしたちの距離は、ほぼゼロに近い。

「それじゃ遅ェ」

低く囁かれるのと同時に、噛み付くように唇を塞がれる。
息を詰めて体を固くしていると、薄い唇が角度を変えて数回押し当てられ、ぎゅっと目を閉じた。
身じろぎするも、彼とロッカーに挟まれた体は動かず、顎もその指に捕まえられてしまった。

唇の離れた瞬間に空気を吸い込むと、その呼吸すら飲み込むように口づけられる。酸素を奪われたわたしの頭は、霧がかかったようにぼんやりと霞んだ。熱い舌が唇を無理矢理こじ開け、逃げることすら忘れたわたしの舌を吸い上げる。
ぞわぞわと腰を何かが這い上がっていく感覚に襲われた。

「や、あ…」

「…エロい声ェ」

微かな抵抗を試みた自分の、思った以上に甘い声は彼の楽しそうな声に一蹴され、身体中の血液が沸騰したようにどくどくと大きな音を立てた。

「、ふ…う、ん…」

「…は…」

「あ、…や…、」

深くなる口づけに羞恥で溢れそうになる涙をなんとかこらえ、ありったけの力で彼の胸を押すと、上唇をぺろりと舐めてからようやく距離があいた。

「ごっそさん。また明日なァ、深空チャン」

ひらひらと手を振ってロッカールームを後にする彼は、背中しか見えないながらも口角が上がっているのがわかる。明日からどんな顔をして出勤すればいいのかと、真っ赤になった顔をおさえしゃがみ込むことしかできなかった。


「あれはヤベェ…マジ理性ぶっ飛ぶとこだったァ…」

「どうした、靖友、そんなことで座り込んで」

「、っせ新開!ほっとけ!! 」


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