カフェ店員荒北


クリスマスイブの昨日と、クリスマスの今日。この日にバイトに入ってるヤツといえば、恋人がいないと見なされても致し方ない。
とは言え時代が時代なのか、はたまた時給が上がるからか、オレの職場であるカフェでは余るほど人手があった。近くに話題のイルミネーションがあるらしく、客足もいつもの比ではないから、大いに助かる。
そのお陰というか、せいと言うか、社員のオレは大した予定もないというのに、午後6時には店を出ることになった。普段からこれくらいに帰してほしいもんだ。

雪でも降るんじゃねェかと思うくらいの気温に、コートのポケットに両手をつっこみ駅へと向かう。

ビュウと吹いた風に身震いしてマフラーに顔をうずめ、下を向いて人波に流されていると、ふと足元にパスケースが転がっていた。
屈んでそれに手を伸ばす。

「あ、すみません!それわたしの――」

その声に顔を上げた先には、見知った女がいた。
つい1・2時間前まで一緒に働いていたオレの上司である彼女は、黒目がちな瞳を大きくさせて首を傾げた。

「え、荒北くん?」

「…ちわす」

拾い上げたパスケースを軽くはたき、彼女へ渡す。

「ありがとう。荒北くんはこれからデート?」

「や、寂しい独りもんなんで」

「あはは、そっかそっか」

悪びれもせず笑う様は気持ちいいが、惨めな気分になるから今日はやめてくれ。

「店長こそ、オレより早く上がったくせになにやってんすか」

「もうオフなんだから店長はやめてよ。私は…1人で買い物?」

「なんで疑問なんだよ…」

またあははと笑った彼女は、『戦利品』と小さな紙袋をオレの前に突き出した。

「いやあ、色々見て回ったんだけどね。いるかいらないか吟味した結果、ハンドクリーム1個だけになっちゃった」

「……」

なんとも言えない顔をしたオレに、彼女はまた笑う。

「…オレより寂しくねェ?」

ボソリと呟いた言葉はしっかり彼女の耳に届いていたらしい。ひどいなあと言いながらもその表情は明るい。

「深空サンも独り、なんすか…?」

少しの期待を込めて聞いたと言うのに、彼女は否と首を振った。

「彼氏、毎年クリスマスは仕事なんだって。夜は一緒にご飯食べるんだけどね。ま、わたしが作るから大したもんじゃないけど…」

「そ、すか…」

多少覚悟してはいたが、思った以上にショックを受けている自分に内心焦る。

今まで彼女の下で店長補佐として働いてきたが、来月には、オレは別店舗で店長職につくことが決まっていた。同じ役職になれるのは嬉しいが、彼女と共に働けなくなるというのは、どうにも寂しい。

「荒北くん、ひま?」

「は?あ、あァ…」

「ちょっとつきあってくれない?」

どこに、と聞けばイルミネーションと返される。

「いやあ、さすがに1人だと見に行きにくくて…」

「…オレでいいのかよ」

もちろんと笑顔を見せられれば、報われねェと思いながらも口角が上がった。
周りのカップルたちとは違い、こぶしひとつ分離れている彼女を気にしながら歩く。

「今の彼氏とつき合って、もう3・4年かなあ、イベントごとってほとんどなんにもしてなくて。たまにはそういうの、してみたいじゃない?」

「忙しいんすね」

「うーん、たぶん…。まあ、わたしも仕事あるし、仕方ないよね」

いつになくしおらしい様子に、我慢してんじゃねェかと口をつきかけてやめた。
しっかりしているくせに、ときどき抜けている彼女を意識しだしたのはいつのことだっただろうか。

今までどいつも直接は言ってこなかったが、オレが扱いにくいのは態度で分かった。それなのにこの人は、オレを頼りになると言った。お世辞を言うような人じゃないってのは一緒に仕事してりゃァわかったから、なんだかむず痒い思いをした。
1人でこっそりラテアートの練習をしているのを見つけたこともあった。動物がかわいく描けないと眉間にしわを寄せて。…ハートやリーフは上手いくせに、動物だけなぜあんなにグロくなるのかは本気でわからねェけど、ある意味才能なんじゃないかとさえ思う。あのときは覗いてるのがバレて失敗作をしこたま飲まされた。
発注飛ばしてどうしようと泣きついて来たときは、2人して近くの店舗に電話かけまくって借りに走ったな。なんでも1人で抱えちまいがちな彼女に頼られた気がして、こっそり嬉しかった。
いつしかお互い気軽に話すようになって…。
たかだか1年程度のことなのに、あれこれと今までの出来事が思い出される。

やべェ、なんか泣きそうだ…。

「…くん、…荒北くん」

「は?あ、悪ィ!」

袖を引かれて我に返り振り向くと、彼女は足を止めて困ったようにオレを見ていた。

「えーっと、やっぱり、やめよっか」

「は?」

「うーん、今日はなんか…」

「ンだよ…?」

珍しく歯切れの悪い彼女に首を傾げる。
お目当のでっかいクリスマスツリーのイルミネーションは、もう、すぐ目の前だ。

「あの…、雪だるまのモニュメントの前に、カップルいるよね?」

「あ?…ダウンにジーンズの男とピンクのコートの女?」

「うん、…あれ、彼氏かも」

かも、とにごしたが、間違いないんだろう。きょろきょと落ち着きがない。

「あー…や、仕事帰りにたまたまなんじゃねェ…?」

なんでオレがフォローに回ってんだ。

「彼、仕事のときはスーツだから…たぶん仕事は嘘で…」

「……」

「……」

気まずい沈黙のオレらとは反対に、その最低ヤローはピンクのコートの女と楽しそうにケータイで写真を取り始めた。ふざけんな。

「ごめんね」

「深空サンが謝るこたねェだろ」

「…本当、優しいよね、荒北くん」

こんなシチュエーションでもなかったらけっこういい感じだっつーのに。こんなときどうすりゃいいんだ…。

「確かに今日お互い仕事だって言ってたけどさ。わたしの職場に近い、ここに来ることないのにねえ?」

「……そうすね」

困ったようにオレを見て笑った彼女は、泣きも怒りもせず淡々と話を続けた。視線の先の、自分の男と浮気相手をどんな気持ちで見ているんだろう。

「あれでもね、けっこう優しいんだよ」

「……」

「その優しさはわたしのためじゃなくて自分のためだってこと、たぶんわたしどっかでわかってたんだ」

でもまさかこんなドラマみたいなこと本当に起こるんだねえ、と彼女は笑った。優しくて、とても悲しい顔にオレには見えた。
昔のオレなら、すぐにでもあの男をぶっ飛ばしていただろう。それができないのは大人になったからなのか、自分が部外者だとわかっているからなのか。

そんな中、オレの頭は皮肉にもチャンスだと告げた。

「…深空サン、オレ、今から最低なこと言うわ」

「え…?」

「オレ、深空サンのこと、けっこう気になってる。だから、今日はオレとクリスマスしねェ?」

「……ごめん、荒北くん。わたし、もっと最低なこと言う」

「…?」

「…そうだったらいいなって、思ってた。荒北くんはあいつとは違って、本当に優しいから」

身構えたオレに降ってきたのは、予想外のうれしい言葉だった。

「わたしこそ、一緒にクリスマスしてください」

「…オレでいいのかよ」

「もちろん」

そう笑った彼女に、今度は報われねェなんて気持ちは微塵も湧いてこなかった。

その前にちょっとけじめつけてくると言った背中は、いつものように、しゃんと伸びていた。


「こっから見ててもアイツ慌ててたけど、なんて言ったんすか」

「え?その人と好きなだけ一緒にいてください。さようならって」

「笑って?」

「笑ってた…かも?」

「ハ、怖ェ」

「え、そう?」

「クク…んじゃまずは、別のイルミネーションでも見に行くかァ」


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