ペットショップ店員荒北


「店長、鳥の餌やり終わりました」

「ん」

とある街の比較的小さなペットショップで働き出して、そろそろひと月半が経とうとしていた。最近では仕事も一通り覚えて、少し余裕も出てきている。

今はちょうどひな鳥の1回目の餌やりを終えたところだ。お店には常に7〜8羽程のひな鳥がいて、まだまだ自分で餌を食べられないその子たちに1日4回、約3時間置きにふやかした餌を与える。喉元にある餌をためる袋がいっぱいになるまでともなると、これが意外に時間がかかるのだ。
たまにめんどくさがってしっかり餌を与えないスタッフがいるらしく、終わった後は店長、もしくはリーダーに確認してもらう手順になっていた。

――んだけど、当の店長がなぜか動かない(因みにリーダーは今日はお休みだ)。
ペットフードの棚の前で腕を組んだままだ。何か考えているんだろうかとしばらく待ってみたけど、それでも全く動く気配がないので、恐る恐る近寄った。

「えっと、確認お願いします」

「深空チャン」

「は、はい」

視線は棚に向いたままの店長、荒北さんに名前を呼ばれ、瞬時に浮かんだのは何か失敗でもしただろうかということだった。
すらりとした細身の荒北さんの第一印象は、とにかく怖い人だった。目つきも口調も悪い人がなんでペットショップにいるんだと、当時は先行きが心底不安になったものだ。

「もうチェック受けなくていいヨ」

怒られる想像しかしてなかったわたしには、荒北さんの言葉の意味が理解できなかった。それを知ってか知らずか、荒北さんは話を続ける。

「深空チャンが手抜かねェのはわかってっから」

「え」

他のヤツにも言っとく、と言う彼をまじまじと見ていると、荒北さんがちらりと視線を寄越した。そこでようやく認めてもらえたんだと理解する。

「あ、ありがとうございます!」

そんな風に言われると手なんて抜けないな、と思いながら頭を下げると、ぽんと1度だけわたしの頭に手が置かれてすぐに離れていった。

初めて会ったときにはわからなかったことは、荒北さんがただ怖いだけの人ではないということ。もちろん目つきは悪いし口も悪い。手を抜くスタッフはもちろん、マナーの悪いお客さんにもよく怒鳴るし、下手したら子猫や子犬にも文句を言う。よく見るにこやかで優しいペットショップの店員さんとは程遠い。
でもお店に来るお客さんへのアドバイスは的確で、売り上げなんか二の次。子猫や子犬への文句の中にもよーーーーく聞けば優しい音色が混じっている。
その子たちを販売(本当はこういう言い方は嫌だけどその通りだからしょうがない)するときだって、軽い気持ちで買おうとする人は追い払ってしまう。
そんな荒北さんのおかげだけではないかもしれないけど、小さいお店ながらも固定客が結構いて忙しい毎日なのだ。

「んじゃ次は小動物ンとこ掃除な」

「はい!」

荒北さんの指示を受け、わたしは小動物売り場へ足を向ける。
おがくずや牧草、ゴミ箱に掃除用品一式をそばに置いて、まずはとハムスターの入ったケージを1つ手にとった。

「おら、今日も元気だなおめェは」

子猫を相手にした、荒北さんの声が離れたところから聞こえる。その声も眼差しも手つきも、確認するまでもなく愛しさが含まれているのが分かる。
彼はその子猫をケージから出して、わたしの後ろ――売り場に置かれた椅子に座ると爪切りと耳掃除を始めた。今の時間お客さんはいなくて、わたしと荒北さん二人だけのような感覚になる。もちろんレジやほかの売り場のほうにはスタッフがいるんだけど。
みゃーと小さく抗議するような子猫の声がしたかと思ったら、すぐ「いてッ」という荒北さんの声が重なった。

「コラ、イヤなのはわかってンだよ。てめ、噛むンじゃねー穴開くだろッ」

口は悪いけどやっぱり少し優しくて、頬が緩んでしまう。笑いながらハムスターの部屋の掃除をしているところなんて、誰かに見られたら気持ち悪いだけだろうな。まあいいか。
荒北さんの声に反応するように、若干大きくなった生後5ヶ月のダックスが、売り場に設置された木製ケージの中できゃんきゃんと吠えた。

「うるせーよ、誰にも連れて帰ってもらえなくなっても知らねーぞ」

本当に律義に返事してあげるんだもんな、なんかずるい。


「深空チャァン?」

「は、はい!? 」

「今笑っただろ」

「い、いえ!まさか!」


≪
Around and around*
ALICE+