会社員新開


駅前、飲屋街。
客引きのお兄さんお姉さんと、仕事帰りのサラリーマンで溢れかえらんばかりの、活気のある金曜日。
どこにでもある居酒屋チェーン店の一室で、歓迎会という名の飲み会が開かれていた。

乾杯から1時間ほどが経った今、部屋の隅の席で蒼も仲間たちの会話に時折相槌を打ちながら、グラスを傾けていた。

「深空さーん」

可愛らしい声に振り向くと、ちょうど真後ろに座っている後輩が楽しそうに手招きしている。

「なに?」

「深空さんは、誰狙いですかぁー?」

酔ってるなとは思ったが、そういう話題を振ってきたか、と蒼は彼女の朱に染まった顔を見た。

「うーん…」

「うちの会社、けっこうイケメン揃いじゃないですかぁー」

「そういうあなたは誰狙ってるのよ」

隣から口を挟んだ同期に内心安堵しながら、蒼は話の成り行きを見守る姿勢をとる。
よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、後輩はにんまりと笑みを浮かべた。

「本命は秘密です。でも1回寝てみたいのは、やっぱり」

そう言いながら彼女が視線を投げたのは、いまだに盛り上がりを見せているテーブルだった。
そこには今日の主役の一人である彼がいる。
新開隼人、半年ほど別の部署に引き抜かれていた彼が、今月我が営業部に帰ってきたのである。人当たりのよさか、そもそもなにがしか生まれ持ったものか、男女問わず人気があり成績も優秀。こうして輪の中心になるのも頷ける人物だ。

「ほらぁ、いい体してるじゃないですか。着痩せするタイプですよ、きっと…」

そしてまあ後輩の彼女がそううっとりするように、そういう意味でも女子に人気なのだった。
す、と立ち上がった新開を眺め、確かにいい体してるなと思う。きゅっと締まった腰にしっかりした肩、太すぎず細すぎずの首…と見上げて、本人と目が合ったことに気づいた蒼は恥ずかしいやら申し訳ないやらで一瞬にして顔に熱が集まった。当の新開はそんなこととはつゆ知らず微笑む。それが一層罪悪感を募らせるのだけれど、彼がわかるはずもない。
廊下へと出て行く彼の後ろ姿に心で謝罪して、その背中やスラックスの上からでも引き締まっているのがわかる臀部にどきりとしたなんて誰に言えようか。

「たしかにいいお尻してるわね」

「ぐっ…ごほっごほごほっ!? 」

口に出したのかと錯覚するタイミングでの同期の台詞に、蒼は含んだアルコールを気管に詰まらせた。止まらない咳に彼女が背中をさすってくれる。

「いいですよねぇ…食べられちゃいたい…優しいと思います?それとも意外にいじわるだったりして?」

「私は興味ないわね」

「えー、なんでですかぁ!あ、別にいるんですね!誰ですか!? 」

彼女らの会話を聞きながら、そんな風に見ちゃったら仕事しにくくて仕方ないでしょうが、と蒼は思う。
……それでなくても気になって仕方ないのに。
とは言え、ちゃっかり脳内でシャツをはだけさせていた新開の妄想を無理やり頭から追い出した。


× × ×


帰りの電車、蒼は後悔の渦の真っ只中にいた。
変な話題のせいでどうしても湧いてくる妄想を振り払おうと、あの後珍しく飲みまくったのである。
気分はよくないものの見た目にはそこまで心配になるほどではないらしく、蒼が大丈夫だと手を振ると、同僚たちは1人、2人と降りて、しばらくすると残るは自分だけになっていた。
人もそこそこ乗っている車内に空席はなく、そんな時に限って路線点検だとかなんとかで電車は止まっては動いての繰り返し。目的地に一向に着かない。他人のタバコやアルコールや香水の匂いに加え、そんな電車の動きが余計に気分を悪くさせる。

1度外の空気を吸おうと蒼は電車を降りた。最寄駅まであと数駅の、初めて降りる駅だった。終電まではあと少しだけ時間がある。
ホームに並ぶイスに腰をおろすと、途端にめまいに襲われる。

「深空さん、大丈夫…じゃなさそうだな」

「………」

かろうじて耳に入った自分の名前に顔を上げると、そこには心配そうに顔を歪めた新開が立っていた。
口元に水のペットボトルを当てられた蒼はどうにかそれを喉に流す。なぜ、と思うより、冷たい水を心地よいと思うほうが強かった。


 :
 :

カツン

小さく軽い音を立てて、ビールの缶がテーブルに置かれた。
それに誘われるように目を開けると、カーテンの隙間から入る街灯の薄明かりの中、手の甲で口元を拭った新開が蒼を見下ろしていた。心配そうな表情はさっきと変わらない。
そういえば、駅のホームで立てなくなった自分を家がすぐそこだからと連れてきてくれたんだったと、蒼は記憶を手繰り寄せる。

「飲みすぎた?」

「…すみません、わたし、」

体を起こそうとするとやんわりとベットへと押し戻される。
気づけば、脱がせてくれたらしい蒼のジャケットはきちんとハンガーにかけられていた。

「深空さんがそんなになるの初めて見たな。なにかあった?」

シャツ姿の彼のジャケットがかかっていないことが気にかかり、何処とはなしに探していると、新開の気遣わしげな声がかかった。
あったといえばあったような、そうは言ってもそれは半ば自分の頭の中での話で、実際になにがあったわけでもないのだが、どうしても飲み会の席での妄想が蘇る。目の前の新開と妄想の新開が重なる気がして、酔いが覚めてないのだと苦笑してしまう。

ふいに下唇に何かが触れた感覚に我に返ると、新開の親指が蒼の唇の感触を楽しむようにゆっくりと往復している。皮の厚い指先を意外に思っている間に、いつの間にか新開に押し倒されたような体勢になっていた。

「……」

「………」

互いの息がかかるほど近づいて、視線が絡む。新開の瞳に情欲のようなものが見て取れて、身体の奥が疼いた。
ぼんやりとした思考の中で一瞬浮かんだ、いいのだろうかという思いは、唇が重なったときには霧散していた。

首筋を新開の唇がなぞり、それだけで吐息が熱を持つ。蒼のシャツのボタンを外す右手は流れるように動き、違和感を感じさせる間もないまま下着のホックも外され、床へ落ちた。その開放感にほうとため息が漏れる。
ゴクリと喉を鳴らした新開の手のひらが、蒼の肌を滑る。

「ん、」

ひやりとした感触が火照った身体に心地よく、蒼は声を漏らす。
自分を見つめたままシャツを脱ぐ新開を眺め、その彫刻のように綺麗な体に、蒼はうっとりとした視線を送った。

「深空さん、今どんな顔してるかわかってる?」

「…ど、んな…?」

乳房を包むように優しく揉まれながら出た言葉は、恐ろしく甘い。新開の指が蒼の乳首をつまんだ。

「っあ、や、」

「本当に?」

ぎゅっと指に力を入れられ、高い声が出る。

「は、!っんん、」

「気持ちいい?」

「ふ、んは………あ」

「こんなに固くなってる」

グリグリとつままれる気持ちよさに、自然に涙が滲む。
知らぬ間にスカートも脱がされ、黒いストッキング姿が恥ずかしいと思う余裕もないまま、新開の指がショーツをなぞった。そこは自分でもわかるほど、潤っている。

「ん、…」

「ふ、胸だけでストッキングまで染みてる」

「や、だぁ」

そう言いながらも、蒼は次の刺激を期待していることに気づいていた。後ろ向いて、という言葉に素直に従い、ストッキングを脱がされるのを自ら四つん這いになって手伝う。
ショーツも下ろされて、恥ずかしすぎる体勢の蒼のナカはさっきよりも蜜を湛え、少し触れただけでくちゅりと嫌な音を出した。

「深空さん、ここ、すごいのわかる?」

「や、やめ、」

「もうぐちょぐちょ」

ふいに後輩の言葉を思い出し、いじわるの方が強いかも、と蒼はぼんやりした頭で思う。

「何考えてる?」

「、は……あ、ぁ」

指がゆっくりと埋められていく感覚が直接脳に響く。長い指が奥の奥まで差し入れられ、焦らすようにゆっくりと内壁をこすった。

「、…あ…」

イくにイけない微妙な刺激に、蒼の理性はほとんど残っていない。猫のように腰を突き出して、もっととねだる。

「や、も…新開さぁ…」

「深空さん、それ、反則ッ…」

「はや、くぅ…」

手早くゴムをつけた新開が、数回ねっとりした蜜をつけてグイと腰を進める。指とは比べものにならない質量のモノが、身体を押し開くように入ってくる。

「あぁ…っ!! はぁ、あ、」

待ちに待った刺激に、蒼は大きく喘いだ。身体中が粟立って脳内までぴりぴりと痺れるようだ。

「ッ、深空さんのナカ、やば、い…ッ」

背中にぴったりと新開の肌の感触。耳元で囁かれる切羽詰まった、普段聞くことのない熱のこもった声に興奮が膨張する。
奥でぐるりと円を描くように腰を回され、目の前が白む。

「これで乳首触ったら、どうなるんだろうな?」

否定の声を出すより早く、新開が身体の下に両手を入れた。器用な指が胸の先端をつまむと、胸とナカをぐりぐりと刺激した。

「くっ、!…あぁああっっ…!」

頭の中でなにかが弾けるような感覚とともに、全身の力が抜けた。

「かわい…」

まだ熱に浮かされた顔で新開が微笑む。

「もうちょっと、つきあって」

「、は、ぁ……や…もぅ、」

「深空さん、かわいすぎ…ッ」

蒼の腰を掴んだ新開が、激しくピストンを始める。揺さぶられ喘ぎながら、蒼はまた絶頂が襲ってくるのを感じていた。

薄れる意識の中で、蒼は新開の声を聞いた気がした。

「酔った勢いなんて、思ってないから…」

この言葉が夢じゃないと知ったのは、翌朝のことだった。


(…新開さんが寝てる間に、帰ろう…)

「…深空さん…?」

「っ、は、はい!」

「酔った勢いの過ちなんて、オレ思ってないよ」

「……それ、夢じゃ」


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