交渉成立
「と、いうわけでだ!」
箱学チャリ部、主に3年の溜まり場になっているファミレスのいつもの窓際6人掛けソファ席で、東堂が今着いたばかりのわたしを指差した。
どういうわけかもわからなければ、それが呼び出しに応じて来てやった人に対する態度とはどういうことだと説教したい。
そんなことよりまずはひと息つかせてもらおう。
靖友を奥の東堂もろとも押しやって席を確保。
「蒼何か食うか?」
腰をおろしたわたしに、すかさず正面に座る新開がメニューを広げてくれる。
狭いだなんだとぎゃあぎゃあ言ってるやつらとは大違いだ。
「ポテトとドリンクバー。デザートは後で」
窓際に座る福ちゃんがボタンを押して、新開が注文した上にドリンクまで持ってきてくれた。
なんてできた2人だろう。
こっちの2人は今だにうるさいというのに。
「あーもー、そこの2人、うるさいよ!」
「それはコイツが、」
「荒北がこの美貌を、」
「はいはい、おしまい!」
話が進みそうもないので、向かいの2人へ視線を移す。
「で、わたしはなんで呼ばれたの?」
「それはこのオレが説明してやろう」
とりあえず落ち着いたらしい東堂が割って入って来たが、説明してくれるならこの際誰でもいいかと彼へと顔を向けた。
「今年の文化祭で、我ら自転車競技部は劇をすることになったのだが、いかんせんヒロイン役の女子がおらんのだ」
ふーんと思っていると頼んだポテトが来たので口に放り込み、よければどうぞとテーブルの真ん中にお皿を移動させた。
東堂の話はまだ続いている。
「そこで、蒼に白羽の矢が立ったというわけだ!光栄に思え」
「は?え、…やだ」
「うむうむ、そうだろ……っなぜだ!?」
心底驚いた様子の東堂はわたしが断るとは微塵も思っていなかったんだろうか。
目玉が飛び出んばかりに驚いているから、たぶん思ってなかったんだろう。本当に頭がお花畑だ。
助けを求めて見渡すも、福ちゃんはいつの間に頼んだのかアップルパイを目の前に幸せそうで、新開はポテトに夢中、靖友はソファにだるそうに座って我関せずといわんばかりだ。
「ちょ、他にいるでしょうよ!東堂が女役すれば?」
「オレは王子と相場が決まっているだろう。それ以外の何を女子が望むというのだ!」
ある意味需要はありそうな気もするが、ひとまず置いておこう。話がややこしくなりそうだ。
「じゃあチャリ部の誰かの彼女に頼むとか!」
「うむ、良い案だ。やはり蒼で決まりではないか」
わたしに視線が集まり、はたと気づく自分の失態。
やってしまったと靖友へ視線を投げると、「バァカ」と彼の口が動いた。
「靖友が全く手出してこないから、今一瞬本気であなたの彼女だということを忘れてました」
「おまっ、〜〜〜ッ〜、」
靖友は何か抗議したいらしいけれど、顔を赤くして口をぱくぱくさせるだけで終わった。本当にかわいい男だ。
しばらくみんなで靖友を見守ったことろで、東堂が話を続けた。
「ならばわざわざ荒北に許可を取る必要はなかったな」
「嘘ぶっこいてんじゃねェぞ東堂!ニヤけたツラしやがって!オレは直接コイツに聞けっつったんだ!!」
「いやほら、わたし以外にもいるでしょうよ」
「そんなことをしてみろ。その女子はこれからの高校生活、悲惨になってしまうだろう」
「……」
「嫉妬を一身に受けることになるのだぞ?」
やべェ、とオレが思った瞬間、この場の気温が5度は下がった気がした。
野生の勘でも働いたのか新開が顔を上げたが、熱弁をふるう東堂とアップルパイに夢中の福ちゃんはこの恐ろしい雰囲気に気づかない。
「わたしの高校生活は、悲惨でいいと?」
蒼の声が低くゆっくり響くのは、確実に怒っている証拠だ。
なんでもいいから東堂のヤロウ、これ以上怒らせんな。
「元ヤンのお前なら誰も文句は言わんだろう」
「ちょっと、元ヤンじゃないから!!元ヤンは靖友だけだから!」
「うおォォい!」
「それに野獣を調教できるなんて野獣以上に怖いに違いないと言われているしな!」
「なにそれ!え、本当?」
白熱した蒼と東堂はついに立ち上がって言い合い始めた。土曜の昼間でそこそこ混んでいるせいかそこまで目立つこともなく、突っ込む気も失せたオレはどうにでもなれとソファに体を預けた。
蒼は、にこにこ笑いながら頷く新開に噂が真実だと確信したらしく、渋い顔をして腰をおろす。
つーか、ンなこと言われてンのか。
「…いいよ、やればいいんでしょ」
観念して肩を落とした蒼と反対に、東堂は満足そうだ。
話がまとまったところで、福ちゃんが口を開いた。
「引き受けてくれた礼に、何かオレ達にできることがあれば言ってくれ」
その言葉に数回目をしばたかせた蒼はにっこりと微笑んだ。
ぞわりとイヤな予感が鳥肌になって這い上がり慌てて視線をそらしたが、名前を呼ばれて仕方なく蒼に視線を戻す羽目になった。
「靖友サン、みんなの前でチュウね」
「!!?」
「あ、あと相手役はアブくんにして」
「なんっでだよッ!?」「なぜだ!?」
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Around and around*