climb the step


確かに外を走らせろと言ったのはオレだった。けど、まさか初めて外を走るのがレースってどういう神経してンだよ、この鉄仮面!
今まで室内でチャリ転がすだけで、ルールも知らなければ戦略の立て方もなにも知らねェ。そんなドシロウト引っ張り出していい場所じゃないことはオレでもわかるっつーの。

「ぷ、ふ、くくっ…」

「なんだァ?」

抗議していた相手から笑い声に顔を向けると、すぐ近くにウチの制服を着た女が立っていた。手で口を隠しているが、笑いはちっとも隠せていない。

「てめェ、なんか文句あんのか、あ!?」

「ごめんごめん。福富の言う通り、面白い人だなって」

眉間にシワを寄せるオレをよそに笑う女は、確か同じクラスにいたようないなかったような。名前はえー……。

「深空、来ていたのか」

「うん。福富も新開も出るんでしょ?ついでに見に来た」

そうそう、深空…やっぱ同じクラスにいたよなァ、たぶん。
つーか鉄仮面、顔緩んでンじゃないのォ?

「荒北くん、A型?」

「あ!?は!?うっせ、ち、ちげーよ!」

「うそへただね」

ふふと嬉しそうに笑う深空に見透かされてるみてェで、頭をガシガシかく。
「ルールがどうとか気にしなさそうなのに、意外にまじめだね」と続けられた言葉に、うっせと返すと深空はまた笑った。
オレに怒鳴られて怖がりもせず笑う女は初めてだ。


× × ×


「聞きたいことがあれば上がってこい」と言われた言葉に挑発されて、心臓やぶれるくれェめちゃくちゃに足回して、鉄仮面と新開に追いついて、「何を聞きたい」と言われて、「忘れた」と答えて、今1人地面に転がった。
ゴールできなかった上にこんなとこで1人リタイアだっつーのに、なぜか口角が勝手に上がりやがる。

「ハ、…あー疲れたァ…」

「お疲れさま」

仰向けのままあごを上げるとタオルとドリンクを持った深空が歩いてきて、オレを見下ろした。
もう1歩近けれりゃパンツ見えたのに残念だ。


さわ、と風が吹き目を開けると、隣に深空が座っていた。
いつの間にか眠っていたらしい。

「…なんでいンだよ」

呟くとこっちを向いた深空は「おはよう」と静かに笑った。
木々の葉が風に揺れる。

「ンなとこいねェでゴール行けヨ」

「なんで?」

「あいつらのどっちかが優勝するかもしれねェだろーが」

たいして時間は経ってないだろうが、ゴールを見るにはもう遅いだろう。
なにしに来たんだと呆れると、思いもしない言葉が返ってきた。

「わたしは荒北くんを見に来たからいーの」

「……」

自分の目が丸くなるのを感じるなんざ、初めての経験だった。

「ハッ、わざわざごくろーなこったァ」

背中を向けて一呼吸遅れて発した言葉に、また深空が笑った気配がする。

「ごめんね」

「…なにがァ…?」

「わたしなんにも声、かけられなかったから。応援しに来たはずなのになあ…」

「いらねェよ…ンなもんうるせーだけだ」

がんばってもねェヤツらにがんばれなんて言われたところで、こっちはとっくにがんばってンだと怒りさえ湧いてくる。

「じゃあ、今度も1人で行ってい?」

丸めた背中にかけられた声を訝しげに思い、上半身を起こす。

「…おめー、友達いねェの?」

「いるよ、失礼な」

きょとんとした顔をした深空はすぐに「でも、」と続けて一瞬口をつぐんだ。

「わざわざライバル、増やす必要ないでしょ?」

不覚にも、オレの目をとらえてそう笑うコイツをキレイだと思った。
意外なほど簡単に、人は恋ってヤツに落ちるもんなのかと似合わない考えが浮かぶ。でもまあ、イヤな気はしねェ、か。
明日からチャリ以外のつまんねェ日常が変わるかもしれないと、本日2度目の笑いがこみ上げた。


「荒北くん、おはよう」

「あ?お、おめーなんで隣の席にいンだよ!?」

「かわってもらった」

「バ、バァカ、机近づけてくンな!」
(顔が近ェんだよッ…!)


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